春の夜、親友の家で
四条家から戻った私は、弦水さんの運転手に自宅の前まで送ってもらった。
「ありがとうございました」
車を降りて軽く会釈すると、運転手は無言でうなずき、そのまま静かに去っていった。
ほんの数時間前までとはまったく違う世界にいた気がして、玄関を開けた瞬間、胸に詰まっていたものがふわっと軽くなるようだった。
(……みうに、電話しなきゃ)
私はすぐにスマホを手に取り、連絡を入れた。
「みう! ごめん、連絡遅れて」
『大丈夫だよ! 何かトラブルでもあった?』
「ううん。スマホの充電が切れてて……」
四条家のことをどう伝えようかと迷ったけど、なぜか、今はまだ言わない方がいい気がした。
『そっか、大変だったね!』
「うん……それでさ、今から会えたりしない?」
『もちろん! 迎えに行こうか?』
「お願い!」
『少し待っててね』
「うん、ありがとう!」
電話を切って20分ほどたった頃、インターホンが鳴った。
「おまたせ!」
玄関の前には、笑顔のみうが立っていた。
「わざわざ家まで来てくれてありがとう」
「大丈夫だよ。それより、早く行こっ」
「うん」
私たちは車に乗り込み、みうの家へと向かった。
道中、車内では自然と話がはずんだ。
「みうの家って、大きいの?」
「うーん、他の家と比べたら……たぶん大きいかな?」
「なんとなく、そんな気がしてた。最近、他のクラスメイトに会ってないね」
「うん、クラスで集まったとき以来かな。叶とはよく会ってるけど」
「ふふ、たしかにね。みんな元気にしてるかな……」
そんな他愛のない会話をしているうちに、車は住宅街を抜け、門の前で止まった。
「そろそろ着くよ」
豪奢な門構えと、石畳のアプローチ。その先に見えるのは、想像以上に立派な洋風の邸宅だった。
(やっぱり……すごいお家)
玄関をくぐると、すぐにリビングに案内された。
「いらっしゃい、叶ちゃん」
「おじゃまします」
明るく迎えてくれたのは、みうの両親だった。
「みうの母の栞です」
「父の旅斗です」
「はじめまして。星宮叶と申します」
二人は柔らかく微笑みながら、私を見つめた。
「今日はゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
「ねぇねぇ、学校ではみうはどんな生徒だったの?」
「もう、ママったら、そういうの恥ずかしいからやめてよ」
「だって気になるじゃないの」
リビングには柔らかな笑い声が満ちていて、私はつい頬をゆるめた。
話は自然と盛り上がり、気がつけば空は夕暮れ色に染まっていた。
「そろそろ帰らないと……」
「まあ、まだ早いじゃない」
「でも、家族が心配しますから」
「じゃあ、夕飯食べてから送っていくわよ!」
「……では、お言葉に甘えて」
夕飯は驚くほど豪華だった。まるでレストランのように美しく盛りつけられた料理に、心も体もあたたまった。
「ご馳走様でした」
「お粗末さまでした」
「本当に、美味しかったです」
「それは料理人がいるからよ」
「なるほど……納得の味でした」
食後、リビングで少しお茶を飲んでいると、栞さんがふと微笑んで言った。
「叶ちゃん、また遊びに来てね。私たち家族は、叶ちゃんの味方だから」
その言葉に胸がきゅっとなった。
「……ありがとうございます。とても嬉しいです。また必ず来ます」
「パパ、ママ、私たちそろそろ行くね!」
「気をつけてね、みう」
「うん!」
みうの家の執事が車を運転してくれて、2人で私の家へ向かった。
夜の街は静かで、窓の外を流れる光が穏やかだった。
「みう、今日は本当にありがとうね」
「ううん。私、そんなに大したことしてないよ?」
「でも……あなたの家、すごく立派だった。驚いちゃった」
「そんなことないってば。ただの家だよ。叶の家も、素敵だよ」
私は少し笑った。
「そういえば……明日は入学式だね」
「うん。準備、ばっちり?」
「ばっちりよ! 前日になって慌てる人なんていないでしょ」
「それな!」
そして車が私の家の前に停まる。
「到着しました、叶様」
「ありがとうございます」
「ちょっと、なんで“様”つけてるのよ!」
「なんとなく……そう呼んだほうがいい気がして」
「もう、変なの……」
車を降りる前に、みうが少し笑って私に言った。
「またね、叶」
「うん。おやすみ、みう」
「おやすみ」
手を振って、私は玄関を開ける。
少しだけ、胸の奥があたたかい。
この日は私は、珍しく早くベッドに入った。
明日から始まる新しい生活に、胸を高鳴らせながら——。




