姉の囁き、朝の違和感
「おはよう!叶」
キッチンから明るい声が響く。朝の光が差し込むリビングに、姉さんが笑顔で立っていた。エプロン姿の彼女は、私の好物である目玉焼きを丁寧に焼いている最中だった。
「おはよう、姉さん」
私はテーブルにつきながら、まだどこか眠たい声で挨拶を返す。
「身体の具合はどう? 平気?」
その問いかけは、昨日の“異変”を知っているからこそのものだった。
「うん、大丈夫だよ」
一昨日、私は一時的に男の身体に戻ってしまった。原因もわからず、しかも数時間で元に戻ったものの、それを知った姉さんはひどく取り乱していた。
「なら良かった。学校には行けそう?」
「うん、大丈夫!行ってきます!」
私は立ち上がり、鞄を手に玄関へ向かう。遅刻しそうだったからというより、あの話題から早く離れたかったのかもしれない。
「行ってらっしゃい、……●●●」
扉を開けた瞬間、姉さんの声が後ろから聞こえた。けれど、その最後の言葉は、音に飲まれて聞き取れなかった。何を言ったのだろう? いや、もしかして“誰かの名前”を言ったような……?
モヤモヤしたまま、私は家を後にした。
***
通学路の途中、見慣れた後ろ姿を見つけて思わず声をかけた。
「おはよう!みう!」
振り返ったのは、クラスメイトであり、数少ない私の秘密を知っている存在でもある少女だった。ふわっと笑った彼女は、朝日を浴びて少し眩しそうに目を細めた。
「おはよう!叶。今日も元気そうで安心した」
「うん。でも……ちょっとだけ気になることがあって」
「どうかしたの?」
私は、今朝の姉さんとのやり取りをみうに話した。姉の様子がいつもと違っていたこと、そして最後に聞き取れなかった言葉のことも。
「そんなことがあったのね……」
みうは少し顎に手を当てて考え込むような仕草をした後、ぽつりと口を開いた。
「案外、叶の出生に関わってたりして?」
「それはないよ!私の出生は至って普通だから」
「……そうだよね」
みうの笑顔が少しだけ曇ったように見えた。その一瞬に、私はわずかな不安を覚えた。
けれど、それがただの冗談で済まされるものではなかったと気づくのは――
もう少し先の話になる。




