第3話 ここから俺の冒険は始まる?
「ゼローズは残って修行だな」
無情にも頭の中でリフレインする父さんの言葉。
母さんが妊娠半年って、父さんはどうするんだよ?
「ゼローズ、父さんも母さんも心配はいらないからな」
と親指を立てる父さんに対し、
「そうじゃなくて! 俺の心配プリーズっ!
俺まだ十二歳っ!」
と慌ててその親指を掴もうとするがスルッと回避された。実際はプラス三十歳なので何とかなるとは思うけど。
「そうね、ゼローズならそれ程心配もしなくてだいじょーぶよね!」
と母さんも笑顔を見せる。
本気で俺にこんな山の中で一人で暮らせと?
魔物を狩ったら食べるには困らないかも知れないけど、生活雑貨とかどうするの?
「ここって買い出しに出るだけでも、片道一週間も掛かるんですけど!」
と壁の棚に置いてある消耗品等を指差すと、
「あぁ、それだがな。
実は谷の裏に、よそに通じるワープゲートがあってな。
怪しげな魔法擬きの使えるお前なら使える筈だ。
スレッドは馬鹿だから教えず翼竜を呼んだがな」
と父さんがしれっとそんな事を言う。
嘘~んっ!
そんな素敵な物があるなら、もっと早く教えてよ!
と言うか、俺の魔闘術を怪しげなとか失礼しちゃうよ。
「まぁ、それを使うには他にも条件があるかも知れんだが、まぁお前なら大丈夫! ファイッ!」
「不安しかねぇよ!
ファイッて何? ファイッて!」
「そうね、頑張れー!
母さんも草葉の陰から応援してるわね」
うちの両親、俺に対する期待値高過ぎ!
低過ぎるのも悲しいけど、実力以上の物を求められた時ってどう対応したら良いのょ?
「それにしても、ゼローズも以外と馬鹿なのね。
この料理、調味料をどうやって調達したと思うのよ?
紙は? 油は? ほら、考えてみれば分かることでしょ」
と母さんが俺のコメカミを軽く拳でグリグリ…。
「そりゃ、そうだけど…。
まさか、ワープゲートがあるなんて思ってないしさ」
両親が揃って谷の方に行ってたの、てっきりイチャラブの為だと思ってた。
あそこなら滝の音で声を出しても聞かれずに済むもんね。
「それにしても、まさか、はこっちのセリフだな。
まさかゼローズが転生者だったとはな」
と答えた父さんが、母さんをチラリと見て視線を俺に戻す。
「まぁ、色々あって…ね…ん? 転生者?」
嘘っ! 俺が転生してるってバレてる?
どうして?
「何故バレたかって?
『ワープゲート』なんて父さんは今まで教えたことが無いのに、お前は知っていた。
つまり、ワープゲートがある世界から転生してきたってことだろ」
あ…さっきので…。
そんな物があると喜んで、ガードを緩めたのは迂闊だったな。
「ゼローズが転生者でも、私達の子供だってことに変りはないわ。
私のこのお腹の中で育ったのは事実だからね」
と母さんが優しく俺の背中に手を回す。
「…うん、ありがとう」
それ以外に何も言えないよ。
他人を子供として育ててたのも同じだよね?
「それにお父さんもお母さんも転生者だからな」
「そうなの。黙っててごめんなさいね」
なんだ、それなら問題ないじゃん…
えっ?!
「えっーっ! マジで?」
「そうだぞ、だからスローライフにあこがれて山奥に移住したんだ。
ちょうど良い具合にワープゲートも見付かったしな」
オーマイガーッ! なんてこった!
両親が揃って転生者って、ここは転生者カップルからは転生者が産まれるシステムな訳?
毎年百万人以上、日本で人が亡くなってて、そのうち何人この世界に転生してるのか知らないけど。
産まれる先が先輩転生者なら、理解も容易いからちょうど良いって神様も思ってる?
「父さんが転生するときは、剣術スキルを授けてもらってな。そのお陰で大活躍したんだぞ」
「母さんは治癒魔法を頂いたのよ。
だって科学技術が中世ヨーロッパレベルなんて言われたんだもの。
生水飲んだらお腹こわすんだから、健康第一だと思ったのよ」
いいなー!
俺なんか、スローライフを希望するって言ったら、最初は女神様が切れて何もくれなかったんだし。
あの時、父さんみたいに剣術って言ってたら違う結果になってたのかな?
スローライフは努力して得るものだから、ラクして得ようとしたから怒られた…とか?
けど、それだとどうして俺に魔闘術があるんだろ?
リジワーヌ様がこっそり詫びチートを授けてくれてたとか?
それとも転生者には何か一つはスキルが自動的に与えられるのかも。
考えても分からないことだし、魔闘術は癖があるが優れたスキルだから文句は一つもない。
「とまぁ、そう言う訳だ。
父さんと母さんのことは気にしなくて良い。
ゼローズなら独立しても上手くやっていけるだろ」
父さんが顎に手を当て、ウンウンと勝手に納得していると、
「そうよね。もう夢精もしてるし、朝の勃起もルーチンだから、一人立ちしても良い頃ね。
山に籠もって一人エッチなんて悲しいでしょ?」
と軽い口調で母さんが…。
その言われ方…超ハズいです…でも、確かに。
「で、そのワープゲートを使う条件って?」
「それは言わない方が楽しめるだろ、行けば分かる。
よし、今から行くか。母さん、構わんだろ?」
「そうね。はい、ゼローズ、行くわよ」
ノリもフットワークも軽いって!
それにもう陽が暮れかけているんだけど。
「ライトの魔法は教えたでしょ。
ゼローズが随分魔法の覚えが良かった理由が分かって、便秘が解消した気分よ」
「素直にスッキリしたって言えば?」
「スッキリって言っても理由が色々あるでしょ?
イチャラブでスッキリなのか、ミントを齧ってスッキリなのかで全然スッキリの内容が違うわよ」
「詰まって気持ち悪かったのが解消したみたいなスッキリなんだ」
そりゃスッキリにも色々あるけどさ。でも今ってそう言う問題はどうでもよくない?
愚図る俺の手を父さんが引いて家を出る。
母さんも鼻唄混じりにライトの魔法で周囲を照らしながら、反対側の手を取って親子三人が並んで…いや、これはどう見ても強制連行だよね? 有名な宇宙人の写真みたいな…
それから半時間歩いた場所に、轟音を立てながら落下する落差五十メートルぐらいの滝に出る。
行き止まりにある大きな岩に母さんが手を触れると、音も無く岩が姿を消し去った。幻覚によって作られていたのだと初めて知った。
そこから更に歩いて滝の裏に回り込むと、ゴツゴツした岩肌の前で二人が足を止めた。洞穴も何もそれらしき見えないのだが。
「じゃあ、開けるわね。
『オープン ヘルズゲート!』」
母さんの言葉に反応してか、普通の岩肌にしか見えなかった岩の壁の一部がポッカリと黒い空間に早替わりした。
「ヘルズゲート? 何それ?」
「見た目? まぁまぁ、入ってからのお楽しみよ」
何処にも楽しめる要素が無さそうなんだけど。
でも、二人が普段買い物で使ってるってことは危険な筈がないよね?
「じゃあ、手に魔力を集めて、ゲートに触って押す感じでやってみてね」
言われるままに魔力を手に集める。
これは俺のスキルの始動と同じだから簡単に出来る。
手がぬるま湯に浸かったような感覚になれば魔力は纏えているから、黒い空間の入口に押し戸がある感じで押してみる。
すると黒い空間が音も無く消えていき、奥に続く暗い洞窟が目に入る。
「やっぱりゼローズならイケると思ってたけど、大正解ね。
じゃあ、入って入って」
と随分と軽いノリの母さんだ。
思い切って足を踏み入れると、透明な何かを通過したような不思議な感覚を味わった。
恐らく魔力的な何かを通過したのだろう。
そしてすぐに振り返ると二人の姿はもう見えなくなっていたが、
「無事に付けたら町で会おうね!」
「お前なら出来る。自分を信じろよ!」
と声だけが遠くから聞こえてきたような気がする。
もう滝の音も聞こえなくなっていると言うことは、一瞬で違う場所に飛ばされたってことだろう。
中は天然の洞窟のような道が奥にずっと繋がっているような気がするが、俺の後ろから照らすライトのボールだけでは良く見えない。
「『光掌』、『ライト フォワード!』」
光を纏った右手を軽く振ると、沢山の蛍が一斉に飛び立ったように光が流れていく。
その光が前方五メートルの位置に集まり、光の玉となって浮かび、辺りを照らす。
見える範囲にはコウモリも虫も居らず、ただひんやりとした洞窟が少し下りながら続くだけだ。
一歩一歩慎重に進むと、自分の立てる足音が奇妙に反響する。
他の音は一切聞こえない中、不安と戦いながら足を進める。
五分ぐらい歩いた辺りで天然の洞窟なのに、場違いな木製の両開きのドアが視界に入る。
「まさかボス部屋?
この中の主を倒さないと先に進めないパターンか?
そんな訳ないよね」
セーブもロードも出来ない世界だ。
もしボスが居るなら一発勝負に勝つしか進む道は無い。
でも父さんも母さんもそれ程心配した様子を見せなかったってことは、仮にここがボス部屋だとしてもそれ程強い魔物は居ない筈。
意を決してドアに手を当て、少し押してみる。
ドアのサイズにしては随分軽く押し込めた。
ドアの向こうは石で組まれた、一辺が十メートル少しぐらいの四角形の広い部屋で、中央に魔法陣のような物が描かれている。
問題はその中央、全身が濃い焦げ茶色の雄牛がこちらを睥睨していることだ。
「アレは守護者か?
ミノタウロスぽいけど…武装は斧か」
頭の天辺まで計れば身長はニメトールをラクに越えているだろう。
分厚い胸筋、膨れ上がった腕と足の筋肉がそこらのボディービルダーを上回っているように見える。
「こんなの絶対に無理っ!
チェンジだっ! チェンジ!」
こちらに突進してきて、両手に握った斧が振り下ろされた瞬間、シュンッと音を残してミノタウロスが姿を消した。
斧が残した風圧と恐怖を額に感じる。
「ミノタウロスが消えた? 守護者じゃないのか?」
俺のそんな呟きが届いたのか、魔法陣の中に大きなオークが現れた。
金属の甲冑を身に纏い、手には肉斬り包丁のような刃の分厚い剣を持っている。
「オークの上位種か?
これも厳しそうだな、チェンジ!」
そのオークもミノタウロスと同じように姿を消すと、今度は硬そうな革の鎧に丸い金属製の盾とメイスで武装したゴブリンが現れた。
兄貴と倒したゴブリンなんかよりずっと強いと本能的に直感し、恐怖が体を支配した。
「…チェンジっ!」
そして次に現れたのは、兄貴と二人で倒したゴブリンと同格に見える、上位種のゴブリンだ。
鞣し革の鎧に木製の大きめの棍棒と木製の丸い盾を持っている。
「…これ以上は俺のプライド的にも下げられないか。
アレから五年、毎日訓練してきたんだ!
リベンジさせてもらうぞ!」
どう言う原理か分からないけど、守護者が選べるのなら今の実力に応じた敵を選ぶだけだ。
意識しなくとも両手にスッと魔力を纏える。
体格的には自分の方がまだ不利だけど、ここを乗り越えなければこの世界では生きてイケない気がするのだ。
ブンッと大振りな攻撃で棍棒が振り下ろされ、地面に当たってガツンと音を響かせる。
一撃必殺を狙ってきたのか。
野球の木製バットだって頭に当たれば昇天する可能性がある。それがもっと太く、重たくなってるんだ。
頭じゃなくても、当たればそこが使えなくなる。一撃も食らわず押し切ってみせるっ!
「行くぞ! 『風纏』」
何度も打ち下ろされ、跳ね上がる棍棒との間合いを確保しつつ、手には風を纏う。
俺の魔闘術で放つ攻撃魔法は、正拳突きのモーションによって発射可能だ。
「『風弾!』」
ゴブリンの体には手が届かないが、迷わず右腕を真っ直ぐ突き出す。その拳が掻き分けた空気を全部圧縮して弾き飛ばすのが風弾の発射イメージだ。
ヒュンッ!
圧縮された空気が塊となって拳から発射される。
不可視の衝撃波がゴブリンの顔面にヒットし、右眼の周りが少し形を変えるが、目を潰すまでには至らない。
滝の前で倒したゴブリンより防御力が高いのか?
予想外の攻撃に面喰らったような顔を見せたゴブリンだが、その目付きが前より鋭くなった。
俺のことを雑魚認定から上方修正したのか?
上から棍棒を振り下ろすだけの単調な攻撃から、上から下、下から上、少し寝かせて斜めから袈裟斬りのようにと、攻撃のバリエーションが増えていく。
力任せの大振りな攻撃から、流れるように次々と繰りだされる連続攻撃は正に十連棍棒…馬鹿な事を考えてたら死ぬぞ、俺っ!
まともに正面から殴り合えば、体格差で負けるのは目に見えている。
幸い奴の攻撃は棍棒だけだ。それなら対策は難しくは無い。
「捻りは無いとか文句無しだぞ!
『火焔拳』っ!」
風を纏っていた手から風が散り、今度は握った拳を炎が包む。
「『火焔弾!』発射っ!」
『風弾』とモーションは同じだが、今度は拳大の炎がおよそ拳の速さで飛んでいく。
伸ばした拳から棍棒までの距離は一メートルを切るぐらい。炎は避けられることなく棍棒に命中し、ファイヤーダンスに使う棒かと言わんばかりに燃え始めた。
しかしだ! それでテンションが上がったのか、ゴブリンの猛攻がそこからスタート!
キレッキレのファイヤーダンスで俺を壁際に追い詰める!
自分が使うには問題無いが、炎は敵に使われると厄介なんだ…と初めて認識。
ニヤリと笑ったゴブリンが、『これで留めだ!』と言わんばかりに叫び声を発しながら焔の棍棒を過去最速で振り下ろす!
シュッ! … ポロッ … コツンッ
その勢いに焼けた棍棒の方が耐えられなくなったらしく、黒焦げになった棍棒が持ち手の辺りで二つに分かれたのだ。
チャンスっ!
焔を纏った拳でゴブリンの腹に左右の連打をドドドドッと撃ち込み、留めは顎にジャンプしながらアッパーカット!
「『焼灸拳』!」
どこかのゲームのパクリだって?
体重差もあってゴブリンを宙に浮かすまでには至らないが、顎がグシャッと壊れる感覚が拳に伝わる。
さすがにこのダメージはデカかったらしく、戦意を無くしたゴブリンがジワジワと後退を始める。
戦闘中から気が付いていたが、魔法陣の向こうに出口らしきドアがある。
鍵が掛かっていないなら、ゴブリンなんか無視して出ていこう。
顎を砕かれたゴブリンは壁に背を当てて佇み俺に攻撃を仕掛けようとしてこない。
それならと悠々とゴブリンの横を通り越し、奥の観音開きのドアに手を当てるとドアが勝手にゆっくり開いていく。
さぁ、この先は一体どんな景色か楽しみだ。