第2話 兄は一人立ちし、弟は居残りか?
「くらえっ! 『風纏大牙っ!』」
両手に風の魔力を纏った手刀が三歳年上の兄貴が振るった剣を受け止め、弾き返す。
「甘いっ! 『魔刃鋼麟』」
剣を手放しても新たに生み出した魔法剣を右手に握り、猛攻を続ける兄貴に今日も敗北を喫したが悪い気はしない。
ここはある田舎町から更に離れた山の中にある一軒家だ。テレビの無い世界なので残念ながら取材は来たことがない。
家から少し歩けば崖の上から眼下に広がる絶景の大森林が広がり、奥に向かえば優雅な滝が流れ落ちている。
そんな場所に俺は一家四人で暮らしている。
「なあ、ゼローズ。いつまで剣を使わずそのスキルだけで戦うつもりだ?
剣を持つ方が絶対有利だぞ。槍も良いな。それとも斧か?
意外と戦槌派か?
どれも癖があって選べねえってか?」
魔力で作り出した剣にフッと息を吹いて霧消させ、俺に弾き飛ばされた鋼製の剣を拾い上げる兄貴を横目に俺はヨッコイショと立ち上がる。
その剣を大切そうに磨き布で手入れを始めた兄貴に半ば呆れながら、
「こっちは兄貴の武器好きに引いてんだけどさ。
剣に『キャサリーン』なんて名前付けんな、ハズいだろ」
と溜め息をつく。
戦闘後の毎度の光景に、マジで兄貴の武器ラブぶりにはドン引きしているのだ。
そりゃさ、父さんから譲り受けたその剣が好きなのは良いことかも知れないけど行き過ぎは良くないだろ?
「ゼローズは魔法闘士寄りの戦闘スタイルだからな。もう少し守りを堅くしていかないと強敵とは戦えないぞ。
スレッドは逆に魔法抵抗を高めないとな。
範囲攻撃魔法の一発で行動不能になりそうで安心出来ん」
俺達の模擬戦に優しげな視線で投げ掛けながら、黙って見ていた父さんが俺達に伝える。
見た目はイケメンと言えなくもないが、精悍な顔付きだと言う方がしっくりくる。
年齢は四十代に突入したかどうかと言うところか。
「が、今日が約束の日だ。本当に町に出るんだな?
まだ今ならやっぱり無しってことに出来るぞ。
まだまだスレッドには教えることが残ってんだからな」
どれだけスレッド兄さんに家に居て欲しいんだよ。ちょっとは子離れしてくれよ。
兄貴の頭をワシャワシャと乱暴に撫で、抱きつこうとした父さんを兄貴はスッと回避する。
「うん、ずっとここに居るとカビが生えそうだからな。それに結婚相手も探せないし」
そう言や、ここにはだーれも訪ねてこないな。家族以外と会ったの、何年前?
大人ならノンビリ出来るここの暮らしも悪くないだろうけど、俺には無理。それに女の子が居ないのも困りものだし。
ウーンとモヤモヤした顔をしながら腕を組んだ兄貴に、フワリと柔らかな栗色のロングヘアが覆い被さる。
「スレッド、お嫁さんは良い子を見付けるのよ。
見た目に騙されないで、選ぶ時には内面を良~く見るのよ」
ロングヘアの正体は母さんだ。
三十代半ば頃のはずだが、子供の……いや、前世を含めるとアラサーの俺の目から見てもまだ若々しさを残していて十分に美人である。
そして今日は兄貴の十五歳の誕生日。兄貴が家から出ると決めていた日だ。
両親も止めても無駄と分かって形式的な質問をしただけだ。
それが証拠に、既に家の前には二人乗りの小型翼竜艇『アンハング』が待機していて、俺と兄貴の模擬戦を面白そうに見ていたのだから。
顔にゴーグルを装着した操縦士が早く乗れと催促し、兄貴が嬉しそうに檻のような客室に乗り込む。
コンパクトな檻には御者台と客席が付いていて、翼竜が両足で掴んで運ぶ、この国ご自慢の高速移動手段である。
見た目にもバランスが悪そうで俺は乗りたくないが、兄貴は手渡されたゴーグルを装着するとシートに座ってから落ちないようにベルトで固定し、俺達三人に親指を立てて見せた。
荷物は最小限である。小型の翼竜であるアンハングを使用する翼竜便は重量制限が厳しいのだ。
余談だが操縦士には小柄な女性が就くことが多いそうだ。
発進の準備が整うと、アンハングがゆっくりと大きく羽ばたきを始め、すぐにふわりと宙に浮かび上がった。
バサッと動かすたびに襲ってくる風圧が、小型の翼竜とは言えその筋力の強さを誇示しているかのように思える。
鎖で翼竜の脚に繋がった檻が僅かの時間差でフワリと浮き上がる。
そしてバサッと羽ばたきをするたびに少しずつ高度を上げていく檻の中から手を振る兄貴を見送るが、数分も経たない内に点にしか見えなくなっていった。
「あーぁ、行っちゃった」
と母さんが淋しそうに溜息をつく。
「それでゼローズはこれからどうする?
一人で修行するか?」
「あなた、ゼローズは脳味噌まで筋肉では出来ていないから修行漬けにはならないわよ」
そう言う母さんだが、魔法の修行に関しては鬼ババであったとはクチが裂けても言えないのだが。
「ゼローズが一人で『鋼鎧熊』を退治出来るぐらいになれば、お父さんも安心出来るかな」
鋼鎧熊とは名前の通り堅い金属鎧の如き毛皮に身を包む巨大な熊である。
基本的には大人しい性格だが、発情期や子育て中に遭遇すると普通の人間なら生きて帰ることは不可能だと言われる程の凶暴さを発揮する。
数日前にその鋼鎧熊に勝って兄貴は町に行くチケットを手に入れたのだが、両親がいつの間に翼竜便を手配したのか俺は知らない。
腕利きの冒険者なら、何か子供が知らないアレコレを持っていてもおかしくないのだろう。
「ゼローズにはまだ鋼鎧熊は無理よ。
ゴブリン相手に泣いてるんだから」
「アレはただのゴブリンじゃなかったし!
それにもう何年も前のことだろ!」
ゴブリンに襲われたのは今から五年前のことだ。
当時まだ七歳だった俺が、ゴブリンの上位種相手に勝てる訳が無いだろ?
あの日はいつものように一人で野苺狩りを楽しんでいたのだが、森の中でゴブリンに襲撃を受けるも辛くも撃退に成功したが、家に戻っても誰も居なかった。
それならばといつも兄貴が剣の修行をしている滝に向かうと、兄貴が一人でゴブリンの群れと戦っている最中だった。
兄貴と合流して二人で雑魚ゴブリンは全て片付けたが、最後に出て来た一回りデカいゴブリンに殺されかけたんだよね。
大怪我を追いながらもヤケクソで放った『風弾』が敵の目を潰したことで、二人掛かりでギリギリ倒せたのだ。
あれ以来、兄貴は魔法の腕ばかり鍛えていた俺に『魔法はやめて剣を取れ』と言わなくなった。怪我の功名と言うやつだな。
それと同時に魔法だけでは生き抜くのは難しいと、俺自身も考え直すことにしたのだ。
とは言えだ。
持って生まれた才能?と言うヤツは残酷で、剣を持とうが槍を持とうが、兄貴のように上達する気配がない。
三年も剣や槍を振り続ければ、それなりの形にはなるけど俺の能力ではそこで頭打ち。
兄貴を見ていると、スキルの有無がそれだけ絶望的な差を生み出すのだと理解した。
剣も槍も『適正』を秘めた者ならいつか花が開くようにスキルが身に付く筈なのだが、五年経っても俺にはその花が開かない。
その代わりに身に付いたスキルは『魔闘術』。
父さんの言った『魔法闘士』とは、魔法で遠距離攻撃や肉体の強化をした後に、己の肉体を武器として戦う者を差す。
言ってみれば魔法でダメージを与え、拳打か蹴りで止めを刺す感じ。
だけど俺の『魔闘術』は両手に魔力を纏わせ攻防に使用するものである。
本来であれば呪文によって発射される風弾などの攻撃魔法を、ゲームのキャラが何とか拳!と叫びながら発射するのと同じスタイルなのだ。
格闘ゲームを知らない人でもアニメでオーラを纏うようなエフェクトを目にしたことがあると思うが、今のところアレを拳に限定して出していると思ってもらえれば良い。
厳密に言えば『風弾』など攻撃系魔法を呪文ではなく、殴るように拳を突き出した勢いで拳に纏った魔法を飛ばすと言う、恐ろしく非効率的な方法で発射している。
他の魔法使いが呪文を唱えて発射するのと同じようには発射出来ない残念な躰なのだ。
ちなみに両親も魔闘術なんて聞いたことがないらしい。
色々と訓練していれば、そのうち何かスキルが芽生えるから心配するなと聞かされ続け、父さんには武器を使った武術をアレコレ、母さんには魔法をアレコレと『叩き付けられた』…。
『叩き込まれた』の間違いだよな?と聞かないで欲しい。
言葉通り、この身をもって母さんの放った魔法を受け続けたのだから間違いではない。
…はぁ、実の親に何度殺され掛けたことか…しかも無殺意でだ。
それだけならまだ良い。剣や回避の訓練なんかだと容赦ない攻撃を受けた後に、
「おっ、スマン、やり過ぎた。
母さん、とりあえずヒール一本!」
何処の世界に飲み屋の女将にビールを頼むような調子で治癒魔法を頼む父親が居る?
良くこれでグレることなく十二歳まで育ったものだ。
「ハイハイ、やり過ぎないでね。
ヒールは一日一本までよ」
だからビールじゃないっての!
一度治癒魔法を受けた後は、とにかく攻撃を受けたくなくて全力だったよ。
だからか知らないけど、攻撃を回避するのは兄貴より上手いかも。
鬼ババ母さんに叩き込まれた魔法は多岐に渡る。
教えるのは苦手らしく、見て覚えろ、聞いて覚えろ、受けて覚えろ…と。
「大丈夫! 痛いのは最初の一発だけだから!
次からは痛くないって」
女性からそんな言葉を聞かされるなんてヤダ!
そうやって毎日一発ずつ、母さんは参考書を片手に先頭の初級魔法から順番に…それが終わったら中級魔法の…ほんと? そんなの受けたら死ぬって!
俺が死なずに済んだのは、治癒魔法と魔法抵抗を覚えていて、母さんの魔法を受ける前に魔法抵抗を掛けておき、魔法の着弾と同時に治癒魔法を掛けたからだ…と思う。
それを火、水、風、土、四つの属性全部だよ。
「お母さんは凄いね! 全部の魔法を発射出来るなんて、古の大賢者みたいじゃないか!」
そう言って母さんに抱き付きキスをする父さんだが、両親の前には焼け焦げた俺がチーンと横たわる。
両親の仲が良いのは有難いよ。でも人目を考えてよ。俺だってもう十二歳。第二次性徴期に入ってるんだから…
あっー!
だから兄貴はここから逃げ出したんだ!
両親の仲が良すぎたせいで!
さすがに俺が見ている時はキスの嵐でやめるみたいだけど、良く二人で出掛けているから…察してやろう。
でも今のところ俺の弟か妹か出来た兆候は無いと思う。
まぁ、少々愚痴っぽくなったが今日から兄貴が居なくなって、その分俺の生活スペースが増えるわけだ。
夕食は兄がここに残ると言っても良いようにご馳走を用意していたらしく、いつもより手の込んだ味付けの魔物肉と魔物野菜を美味しく頂く。
アスパラ、ニンジン、ゴボウを豚肉で巻いて甘辛く焼いたおかずが今日のメインだ。
素材は全て両親が狩りで得たものである。
豚肉だけでなく野菜もね!
この世界が優れているのは、動物系だけでなく野菜系の魔物が存在することだ。
お化けカボチャなんかがマジで居るってわけ。
しかも良く運動している野菜魔物ほど美味しいらしい。
トマトに歩くニンジン…等々が普通にそこらを散歩しているのだ。
モンスターシードと言う、野菜魔物から取れた種を日の光が当たる場所に放置しておくと、知らぬ間に勝手に芽が出てくるから要注意。
一番危険な野菜魔物は言わずと知れたオニオン様だ。
そいつを涙を流すことなく包丁で倒せるようになれば、一人前の剣術士を名乗ることが出来るとか。
そんなので判定してて良いのか?と突っこみたくなるが、剣も包丁も同じ扱いらしい。
はなはだ納得行かねぇ!
ちなみに打撃武器でオニオン様を倒す必要のある鎚術士、と言う称号は存在しない。
敢えて似た物を挙げると、斧術士と言うのがあるらしい。
そもそも○術士と呼ばれるようになっても、それだけではステータスが上昇したり技を得たりするわけではない。
単に雇われやすくなるための○○資格○級合格!と言うレベルの扱いだ。
それでも兄貴や父さんのようにスキルを持つ者と持たない者の差が歴然としているのは、スキルを持つ者が訓練を行うことで技術が効率良く上昇していくせいであるらしい。
剣術、槍術、弓術、魔術の四つが一番メジャーな術で、次点で棒術、斧術、格闘術。
変わり種では農民が使うような鎌術なんて物がある。
盾術と呼ばれる物もあるにはあるが、人気は今一つ。
上述したのがこの世界で一般的に認知されている戦闘関連のスキルである。
もっとも地域や時代によって変遷していくものなので、ゼローズの魔闘術もいずれメジャーデビューを果たす可能性もゼロでは無い?
「スレッドが居なくなって淋しくなったでしょ?
もう少しで家族が増えるから楽しみにね!」
母さんの突然の爆弾発言に危うくゴボウで窒息しそうになる。
「今、妊娠半年ぐらいかな?」
マジで? 全然そうは見えないんだけど。
「さすがにここでは産めないから、お父さんと暫く町に出て暮らすつもりなの。
ゼローズはどうする?
ここで暮らす? それとも付いてくる?」
てっきり二人が引き篭もりだから、ここに居たんだと思ってた。
町に出られるなら俺だって行きたいよ。
だって生まれて数度しか、家族以外と会ったことがないんだから!
「勿論つ…」
「ゼローズはここに残って修行だな」
「…いてく…はい? なんで?」
父さんがまさかの同行拒否!
俺って実は嫌われてたの?