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  作者: 遊豆兎
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第1話 希望通りに転生するのは難しいものです

「やったぁぁーっ! 一等当選だーっ!」


 最後にそう絶叫した直後、自分以外誰も居ない深夜のオフィスで意識を失いバタンと倒れた自分の姿を、突然どこからか突き付けられたタブレット端末のような物で見せられ、そう言えば…と俺は自分の身に起きたことを思い出した。



 その日は年末ジャンボ宝くじの当選番号の発表日…つまり大晦日にも拘わらず、俺はオフィスに一人残り、黙々とデータ入力作業に励んでいた。


 何故ならインフルエンザによく似た症状を持つウィルス性疾患のパンデミックにより、同僚達が次々と戦線離脱をしていった中で、何故か俺一人だけそのウィルスに嫌われ続けたからである。

 その結果がここ数日の徹夜である…年末なので労基の窓口は開いていないため、このブラックな現状は年が明けてから告発しようかと本気で悩みながらキーボードに向かって八つ当たり気味に最後のエンターキーをパシッと叩いた。


「やっと終わった…やばい、目がしょぼしょぼする」


 現在時刻は二十三時五十六分。室内には誰も居ないのを良いことに、備品の冷蔵庫から冷やしておいた缶ビールを取り出してプシュッと開けると一口だけゴクリ。

 プハーっ! 空きっ腹にこの刺激は堪らんな!


 それから年末ジャンボの当選結果を確認するため、暇な時に作ったマクロを実行させた。

 ホームページに掲載された当選番号を読み取り、事前に入力しておいた俺の持つ宝くじの番号を自動的に照合する機能を持つプログラムだ。


「一等なんて当たる訳が…」


 だが…俺の予想は大きく覆され、液晶画面には『コングラチュレーション!』の文字が画面狭しと飛び交い始めたのだ。


 まさかの入力間違いかと自分を疑い、ポケットから宝くじを取り出して当選番号とくじを何回か確認する…こう言う時こそ冷静に…


「いや! 間違ってない!

 これで退職しても食っていけるぞっ!」


 そう歓喜の声を上げ、ここでもう一回ビール缶にクチを付ける。

 そしてケチ臭いことはやめ、ゴクゴクと残りを一気に飲み干すと、右手の空き缶を勢い良く宙に掲げて叫んだのだ。


「やったぁぁーっ! 一等当選だーーっ!」


 そこでプツリと意識が途切れたのだ。


 そして気が付いた時には、真っ暗で何も無い空間に俺は漂っていた。


「起きた夢を見てるのか?」


 起きたと言っても布団もベッドも無い。自分の体さえ見えないのだ。


「はぁ……寝よ。データはタイマーで自動送信だから明日は一日休めるし。

 あ…日付は変わってるから今日か」


 深く気にせずもう一度寝ようと思ったのだが、目が閉じられない。見渡してみると体が見えないのでなく、全く体を構成する物が無いのだ。


『ヤッホー、気が付いた?』


 そんな声が何処からともなく響いた後、目の前にボゥッと白く光る女性の姿が現れた。


『私は転生を司る女神の一柱のフィオレーナ!

 貴方の転生、ババンバ バンバン バーンっ!とお手伝いしちゃうわよっ!』


 そう言うとウィンクしてからクルリと一回その場でターンすると、何処から取り出したのか右手にタブレット端末のような物を持っていたのだ。


『なんだ、コイツと思ってるでしょ。

 突然死だと、自分が死んだことを自覚出来ない人が多いから困るのよね~。

 なので、どうやって死んだか見せたげる』


 勝手にそう宣言すると、俺の了解を待たずにフィオレーナが先程の動画を再生した訳だ。


『それにしても、ゼロ時ゼロ分ゼロ秒に死ぬなんて珍しいわね。

 本当なら私、今頃は年明けパーティーに参加してモテまくりの予定だったのに、ブーよブー!』


 そっちの都合なんて知る訳ないだろ。それよりさっき、転生って言ったよね。

 本当に転生出来るのなら、チートの一つや二つは貰わないと割に合わないよな。努めて冷静を装いながら、見た目は超絶美少女のフィオレーナとやらに聞いてみた。


「俺は転生出来るのか?」


『ほほー、ホオホオ、転生に興味あるんだ。

 それならサービス!

 今なら生命力マックス級のGか、将来世界を統一するイカへの転生も選択させてあげるわ。

 実写版!転生したら大魔王イカだった件ってやつよ!』


 はい?……この人……いや、自称女神だけどアホなのか?……どう考えてもハズレだろ!


「あのなっ! 人間が転生するなら当然転生後も人間に決まってんだろ!

 ちょっと面白いとか、全然思ってないからな!」


 人外転生を勧める女神とやらの発言に思わず額を押さえたくなったが、今の俺には手も何も無かったのを忘れてたよ。

 しかし俺の怒声にクチを尖らせ、あからさまにイヤそうな顔をしたフィオレーナがビシッと俺を指差した。


『クチの悪い奴ね。マイナス五十ポイント』


 そう言って手をヒラヒラと左右に振る女神にカッとなっても仕方ないよな?

 

「あのなっ! 人間からGとかイカに転生したいやつが居るわけ無いだろ!

 アンタ、自分が死んだらGになりたいと思うのか?

 それに何がマイナス五十ポイントだよ?」


『アンタ呼びしてクチ応えしたから更にマイナス五十ポイント。あら、残り転生ボーナスポイントもゼロね。

 残念、特典付きでの転生出来なくなっちゃった。

 そう言う訳で、転生ボーナスゼロからスタートしてね~バイバ~イ!』


 そう言ってあっち行けシッシと手を振るフィオレーナの背後に突然違う女性が現れた。

 フィオレーナが元気な女の子系だとすれば、二人目はクールビューティー系だな。

 ミニスカ風トーガからスラリと生える御御足(おみあし)に意識が釘付けに。

 

『フィオレーナ…またラクしようとしているわね。

 今度は何に変身したいのかしら。そうね、カエルなんてどう?』

『ゲッ! イジワール先輩…ゴメンなさい!

 もう爬虫類だけは勘弁して!』

『何度言えば分かるのかしらね、私の名前はリジワーヌなんだけど』


 それ、間違って覚えても仕方ないと思うよ。

 そんなことより!


「カエルは両生類で、カモノハシは哺乳類!

 それは良いから、さっさと転生させてよ。

 こんな何も無い体じゃあ不安しかないからさ」


 二人目の女神はまともそうなので、フヨフヨと浮かぶ魂のような体を使って彼女に全身全霊のお願いをしてみる。

 フィオレーナなんて無視だ無視。


『それもそうね。

 今の貴方は精神しかないんだけどね…フィオレーナが精神的苦痛を与えた分、少しだけサービスしてあげるから』


 良かった! やっぱりリジワーヌさんは話の分かる女神様だった!

 それならもう少し、前屈みになって貰えませんかっ! 谷間をもう少し見えやすく…


『なんかあの魂から邪気を感じるんですけど』

『健全な男性の魂だから多少のエロさは仕方無いわ。仕事の合間にエロ動画見て発散させてたんだし』


「嘘っ! 俺のプライバシー無いのっ!?

 盗撮は犯罪だから!」


『こんなエロいやつ、猿か兎で良いんじゃない?』

『あのね、フィオレーナの手違いで逝ったの、分かってるの?』

『それ言っちゃう? バラしたらダメなヤツ!

 ほら、死んだ魚みたいな目でこっち見てるしっ!

 目は無いんだとか、ボケなくて良いからね!』


 うっかり転生系な俺…か。

 ブラック企業の社畜から堂々と脱却出来るんなら、まぁそれでも良…くないっ!

 折角当たった宝くじっ! 一等七億円だぞ!

 それだけあれば、会社を辞めて左団扇でアイス食べ放題だったのに!


 愕然としていた俺をよそに、フィオレーナの持つシャンパンゴールドのお洒落な筐体のタブレットに目をやっていたリジワーヌ様だが、そこであっと小さく声を出すと憐れそうな視線を俺に向けてきた。


『…あの、でも残念。

 貴方、宝くじの当選が切っ掛けで、悲惨な人生を送る未来が待ってたのね。お金で不幸を買うなんて……そうね、先に死ねて良かったじゃない。

 お陰で転生、出来るんだし』


 ちょっと待てよ! そう言うのは俺が居ない時に確認しといてくれよ!

 そんなの聞いたら迷わず成仏できないからね……ん? あ、転生するんだから成仏は関係ないのか?


 リジワーヌ様の隣で顔を寄せて画面を覗き込んでいたフィオレーナが、腹立たしくも親指を立てて俺に何かアピールを……。


『うわー、あんた、生きてた場合、お餅を喉に詰めて死んだように偽装されて…良い家族を持ったわね~これはヒクわ、実は私、グッジョブ!』


 マジっすか…


『とりあえず、転生先の希望はあるかしら?』


 女神様に落ち込む俺の気持ちが分かるはずも無いのか、何事も無かったかのようにリジワーヌ様がそう聞いてきたのだが、そんな話を聞かされた後で、贅沢言えるの?

 言わすつもり、無いんでしょ?

 解ってますょ!


「それなら…中流階級で普通の暮らしが出来る家庭で頼みます」

 

 次の人生、そこそこの黒くない企業で堅実に!

 ノット社畜でラビィアンローズ!


「欲を言えば、田舎暮らしでのんびりスローライフを送れれば尚良しです」


 高望みなんかせず、波乱万丈の無い穏やかな人生を送れればそれで良い…のかな。


『アンタ、枯れてんなぁ。

 せっかく転生出来るんだよ、男なら世紀末魔王を目指さなくてどうすんのっ!』


「そう言う面倒なのは無しで」


 美少女であるが、彼女の常識と同じぐらい無い胸を張るフィオレーナがドヤ顔を決めて即座に余計な事を言ってくる。

 それを聞いてなのか、リジワーヌさんが何かどす黒いものを背後に放出し始めたような気がする…


『…ふふふ、無理言わないでよ……何がスローライフよっ!』


 えっ? 怒ってるよ! 激おこブンブン!

 なんでっ? リジワーヌ様はマトモな女神様じゃなかったのか?

 今のこの人の怒りの矛先って、フィオレーナじゃなくて間違いなく俺だよねっ!?


『たく、どいつもコイツも最近そう言うのばっかり!

 いい? 日本で育った連中はね、そんなの三日で飽きて後悔してんのよっ!

 それで私に呪いの言葉を吐きながら死んでくのよっ!

 私が怒ってるって? 怒って当然ですよね!』


 温厚でまともそうに見えたリジワーヌさんだったけど、スローライフはどうやら彼女にとって小型核爆弾搭載の地雷だったらしい。


『分ったわよ! 貴方もお望みのスローライフを心行くまで送らせて上げるわよ!』


 彼女の叫びが終わるや否や、俺の目の前に突如黒い渦が現れ俺に襲いかかる。

 あまりの急展開に俺は回避どころか声を上げることも出来ず、渦に飲み込まれて自分の存在を認識できなくなったのだ。



 そんな記憶が蘇ったのは今から三年程前、森の中でゴブリンの群れに襲われた時だった。

 当時まだ七歳だった俺はいつものように一人で森に入り、好物の野苺狩りを楽しんでいた。


 両親と兄貴が一人の四人家族で、両親は二人で良く狩りや採取に出ていた。

 兄貴は修行だと言って朝から滝に打たれたり、ひたすら素振りを繰り返したりと俺の相手をしてくれない。


 だから暇を持て余した俺は、いつの頃からか近くの森を遊び場にして一人で遊ぶようになっていた。

 両親は共に腕利きの冒険者だったらしく、念願のスローライフを手に入れて人里離れたこの僻地に居を構えたのは十数年ほど前のことらしい。

 そこで兄貴を産み、それから三年後に俺が産まれた。


 周囲に誰も居ない僻地での生活は、子供の俺にとっては『暇』の一言に尽きる。

 五歳を過ぎた頃には俺のスキルと両親の行き過ぎた英才教育の成果が実ったのか、拳から風の弾を発射したりごく短時間なら全力で駆ける馬に併走出来るようになっていた。


 だが剣術や槍術の方は余り才能には恵まれなかったのか、いくら頑張ってみても兄貴のようには上達しなかった。その為いつの間にか剣や槍など武器の訓練はやめてしまった。

 三歳も年上の兄貴に追い付けないのは仕方ないと思うのだが、やはりと言うか、前世での約三十年の記憶があるせいで子供に負けるのが許せなかったのかも知れないな。


 そして森に入って遊びながら、スキルの訓練に打ち込むようになったのだ。

 リスやネズミに始まり、兎や鼬にとスキルで狩ることの出来る獣も少しずつレベルアップしていった。


 調子に乗った俺は、その日もいつものように一人で森に入ると、野苺など甘い果物がないかと探し歩く。


 だが毎日通っているのだから採取ポイントは次第に森の奥地へ自然と移動していくことになる。

 その事を深く考えていなかった俺は、木に実るオレンジ色の果物を見付けて「木の実みっけ!」と喜び、はしゃぎながら獣道を進んだのだ。


 そしていきなり藪の中から緑色をした拳で頬を殴られたのだ。


「イテッ! 誰だよっ!」


 ガサリと音を立てながら藪を掻き分け出て来たのは、俺より一回りは大きな全身緑色ぽい肌の人型生物だ。


「ゴブリン! 一匹居たら百匹居ると思えって…」


 この世界での父さんが、黒い悪魔とゴブリンは似たような存在だと言ってたもんな…近くに仲間が居るに決まってる。

 逃げなきゃ!


 後ずさりしながら逃げようとしたが、肩から提げたバッグの紐が藪に引っ掛かり進めなくなった。


「やばっ! なら、やられる前に!

 『吹き抜けろっ! 風弾』」


 マズイと思い、咄嗟にスキルによって右手に纏った風をゴブリンの顔に向けて撃ち放つ。

 バシュっと音を立てて発射された風弾は狙いが逸れてゴブリンの耳に命中し、大きな耳を吹き飛ばした。


 だがその痛みで絶叫したゴブリンは片手で耳を押さえながら、空いた手で俺を殴り付けた。

 パンチを受けた腹部に強烈な痛みを覚え、肺から空気を出し切ったあとにも執拗に殴られ続けた俺は呆気なく意識を失った…筈だった。


『一定以上のダメージを受けた為、ゲームオーバーとなりました』


 何も見えない真っ暗闇の中、機械的な声が心に届いた。

 何がゲームオーバーだよ。これはゲームなんかじゃねえだろ…


 ここで視界が暗転する。


『ほらね。スローライフなんて碌なもんじゃ無いでしょ?』


 真っ暗闇の空間に浮かぶ女神が肉体を持たない俺にそう言った。確か名前はイジ…じゃなくてリジワーヌ様だっけ。

 フィオレーナの姿は無いが、何か用事でもあったのだろうか……リジワーヌ様の肩に金色の蜥蜴が居るのが気になるところだが。


「今のは幻覚?」

『そうよ。助けた魂をすぐに殺される訳にはいかないでしょう。

 転生後生存率って結構低いの知ってるかしら?

 特に日本人は危機感が足りないのか、十年も経たない内に半分以上は逝くのよ。

 だから長生きしてもらうために疑似体験してもらった訳』


 なるほどね…それにしても、三年間もの擬似体験とは何とも手の込んだサービスだ。

 むしろ一度本当にゴブリンに殺されて、復活させてもらったって言われた方が余程納得出来そうだ。

 

「やることが回りくどいですよ。でも、言いたいことは分かったよ。

 ゴブリン程度なら戦っても生き残れる力を与えてください」

『そう、分かれば良いのよ』


 せっかく転生させた人間を、無為に殺させるような事態を回避したいと女神様が考えているようだから、ここは素直にスキルなり何なり最低限でも戦える能力ぐらい貰っておけば良いのだろう。

 その能力は人殺しではなく、生きるための狩りや自衛に有効利用すれば良いのだから。


「それで俺はどうすれば良いので?

 何か使命があるとか?」

『いいえ、特に何も無いわ。さっきの世界で貴方の好きなように生き抜きなさい。

 でも、その代わりと言う訳ではないけど、チート能力や神の助けなんて期待しないでね。

 私達はそんな暇神じゃないし、そもそも地上のことには干渉出来ないのだから』

「じゃあ、教会でお祈りする必要とかは?」

『しなくていいわ。信仰なんて気休め効果しかないから』


 そう言うところは、何ともドライな神様なんだね。

 でも、そう言う神様の方がありがたい。

 だって今まで一度も初詣にだって行ったことの無いこの俺が、転生したからってお詣りするようになるとは思わないもんな。


 それよりもだ。やはりゴブリンに殺された擬似体験の方が引っ掛かる。


「神様ならなんでもありなのかも知れないけど、それにしては随分凝った内容の幻覚だったけど。

 さっきのは本当に即興で作った幻覚ですか?」


 つい聞いてしまったが、リジワーヌ様は少しだけ目を細めた以外には表情を変えることはなかった。


 それともう一つ。


「えっ? ちょっと! さっき、チート能力は期待するなって言ったよね?!」

『煩いわね。神に対してもう少し敬意を持ちなさい。

 ……スタート地点はさっきの幻覚通りにするから、良く考えて行動するように。

 じゃあ、もう時間だからここでバイバイよ』


 俺の質問は華麗にスルーし、少し早口で喋って微笑むリジワーヌさんに見送られ、俺は再び渦巻く暗闇へと飲み込まれたのだった。

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