#02 初瀬川 綾
「はせ、今日の飲み会行くの?」
「あまり乗り気はないけどね。課長いるから行かないわけにはいかないでしょ」
「いろいろ大変なのにすごいな、さすが検挙数No. 1」
「揶揄うなって」
本当は今日中に終わらせたい仕事が山積みだから行きたくはない。
ただ、直属の上司である課長、係長が出席するのに行かないわけにはいかない。
それに酒でも飲んでいないとやっていられない。
俺は初瀬川綾27歳、職業は刑事、今年の夏から独身。
今年の夏から独身、そうバツイチである。
仕事が忙しく家庭を顧みずに週に一度くらいしか帰宅できず、ある日帰ってきたら台所の机の上に離婚届が置いてあった、よくある話だ。
ちなみに、両親と父方の祖父もバツイチである。
離婚届を初めて見た時、すぐに妻に電話をかけたが出てもらえず頭が真っ白になった。メッセージも送ったが、次の日になっても既読にならなかった。
半年が経っても、一人で役所の待合室で座っていることを思い出したら吐き気がする。
一人でアパートにいるとそのことばかり頭に浮かび、気が狂ってしまいそうだ。
仕事をしている時は、そのことを忘れられるから最近は夜遅くまで仕事をして、アパートには寝るために帰ってる。
しかし、今夜は、刑事課一同の忘年会があるからキリの良いところで仕事を切り上げなければいけない。
警察官は、飲み会が好きだ。
いや、どこの職場も関係ないかもしれない。
普段は寡黙な鑑識の係長も饒舌になり、下ネタばかり話している。空手有段者の強行班の主任はジョッキや皿をひっくり返しながら馬鹿騒ぎしている。
俺も例外ではなく、アルコールが入ると陽気になるらしい。
だがいつぶりかに飲む酒は苦く、アルコールが体に回るのを早く感じた。
目の前には直属の上司である係長が座っている。
イモ焼酎の水割りを片手に話しかけてきた。
「無理してないか。」
「大丈夫ですよ、そんなに飲んでないです。」
「酒じゃない。体と心のほうだ。」
そっちか。俺が言葉返す間もなく係長が話を進める。
「家に帰らず夜遅くまで仕事してんの知ってるんだからな。明日は土曜日だし、お前一人居なくても大丈夫だ、明日はしっかり休め。部長には俺から言っておく。」
そこまで言われると、明日は休むしかない。
「それとしっかり寝ろよ、隈がすごい。」
その後も、係長は俺のことを心配そうにずっと話をかけてくれた。係長以外の同僚も俺のことを気にかけていたから、なんだか居心地が悪く一次会で帰ることにした。
週末だからかタクシーがなかなか捕まらず、歩いて帰っていた。
雪国の冬の空気は肌に刺さる。
まだ雪は降っていないが、かなり冷え込んでいる。
この寒さのおかげで、酔いが覚めていく。
凜、何処で何をしてるんだろう__
ちゃんと飯食ってるんだろうか__
俺は何処で間違えたんだろうか__
考えても分からないし、意味のないことを分かりながら携帯を開いたが未だ、既読は付いていなかった。
アパートが見えたとき、玄関先に何かがうつ伏せで横たわっていることに気が付いた。
その正体は、セミロングの茶髪で白色のコートを着た20代半ばくらいの小柄な女性だった。一見して流血もなく、背中が浮き沈みしていることから死体ではないし、凜でもないことも分かった。
「大丈夫ですか?立てますか?」
背中をさすりながら問いかけたが反応がない。
その代わり、鼻腔の奥をつんざくほどのアルコール臭が俺を襲った。
このまま放置することも頭をよぎったが、そのまま死なれたら後味が悪い。
なんなら、俺のアパート前で死なれたら俺が疑われてしまう。触れちゃってるし。
これが現場だったら、手袋してないし係長に怒られるな、確実に。
「救急車呼びましょ____」
うつ伏せだった女性を抱き起こしたとき、見慣れた顔がそこにあった。
5年前に無理やり抑えて忘れたはずの記憶が頭の中に色鮮やかに蘇った。




