スペシャルボーナスステージ
「サリー大変だ!領主様から舞踏会の案内状が届いたぞ!」
いつものように麦を刈っていたサリーの元へ、息を切らせた父が一通の招待状を持ってきた。
「舞踏会ですって?どうして私に?」
「魔法で麦の収穫量を増やしたサリーの功績を讃えて招待したいらしい。そのうえ、なんとサリーが着るドレスまで贈ってくださったんだ!」
領主ジークフリート・リーゼンヘルムはA国の名門リーゼンヘルム家の出である若き伯爵。先の戦の英雄であり【王国の漆黒の鷹】と称される程に冷たく恐ろしい男だともっぱらの噂だ。
「そんな御方がサリーにドレスまで贈って下さるなんて、一体どうしてそこまで……」
「実は、僕がジークにサリーの話をしたんだ」
うろたえる母の疑問に答えたのは兄のジョンである。
甘く美しい整った顔立ちでB領の女性たちの注目を集める存在である兄は、物憂げに顔を伏せた。
「みんなも知っての通り、戦で苦楽を共にしたジークと僕は唯一無二の親友だ。先日ジークの屋敷に遊びに行った時にサリーの話題になってね。それで僕がサリーがどれほど素晴らしい女の子か話をしたら、ぜひ一度会ってみたいと……」
「ション、そんなに心配することはないさ。ジョンも一緒に行くことだしな」
誇らしげな父の言葉に、サリーは一抹の不安を抱えながら頷いた。
そしていよいよ舞踏会の日。
髪を下ろし伯爵に贈られた空色のドレスを纏ったサリーは、正装した兄にエスコートされながら伯爵邸のパーティーホールへと足を踏み入れた。
「なんてきらびやかな世界なのかしら!」
サリーは天真爛漫に目を輝かせていたが、自分が他の招待客たちの注目を集めていることに気づき慌てて兄の影に隠れる。
招待客たちはサリーの美しさに目を奪われていただけなのだが、サリーは気づいていないのだ。
「やっぱりおかしいわよね。私みたいな平凡な女の子がこんな豪華な舞踏会にいるなんて」
「そんなことはない。誰よりも綺麗だよサリー。君を僕以外の男の目に触れさせないように閉じ込める事が出来たらできたらどんなにいいか」
兄はサリーの手を握りしめ、真剣な顔で言う。
「もう!お兄ちゃんったらほんとにシスコンなんだから!」
「お兄ちゃん…か。孤児院からやって来た君に初めて会ったあの日から、僕は君を妹なんて思ったことは一度もないよ」
「え?お兄ちゃん?それってどういうこと?」
「……っ!こんなことになるなら、ジークにサリーの話をするんじゃなかったな」
兄の突然の告白にサリーが驚愕していると、ホールにラッパが鳴り響き伯爵が現れた。
「キャ〜!伯爵様よ〜!」
「なんて素敵な方なのかしら!」
「婚約者のイザベラ様もご一緒だわ!」
漆黒の髪に紅い瞳の伯爵は、この世のものとは思えないほど美しい男性だった。
(あの方が伯爵様……不思議ね、どこかで会ったことがある気がする)
伯爵はざわめく招待客たちには目もくれずサリーに近づいてくる。
そしてうろたえるサリーの絹糸のように滑らかな髪にそっと手を伸ばした。
「サンドラ……やはり君はサンドラだったのか。俺を覚えているか?孤児院で一緒だったジークだ!」
「ええ!孤児院でいじめられていた私をいつも助けてくれた、あのジークなの?伯爵様になっていたなんて!」
「君が孤児院を去った後、俺がリーゼンヘルム家の唯1人の後継者だということが発覚してな。リーゼンヘルム家に戻った俺は必死で君の行方を探していたんだが、まさか君がジョバンニの妹だったとはな。灯台下暗しとはこのことだな」
「ジーク、また会えて嬉しいわ。立派な人になったのね」
昔と変わらず子供扱いをしてくるサリーに伯爵は苦笑すると、その手をとってパーティーホールの中央へエスコートをした。
「サリーは相変わらずだな。まあいいさ、これからじっくり今の俺を知ってもらおう」
「ええっ!それってどういう意味?」
「ふっ…相変わらずくるくる変わるその表情……見ていて飽きないな」
伯爵は恭しく膝まづくと、愛しげな表情でサリーを見上げる。
「サンドラ…いや、サリー。どうか一曲踊っていただけませんか?」
ーーーーーーーー
「ーーいろいろと言いたいことはあるけれど、とりあえずこれでハッピーエンドなんじゃないかしら?」
舞踏会を1人抜け出し伯爵邸のレストルームで休憩をしていたプリンセス・ヴィランは、天に向かって問いかけた。
ハッピーエンドを迎えたはずなのに一向に物語が終わる気配がない。これは一体どういうことか。
(もしかして、わたくしがあの展開に幸せを感じなかったから?でもこれはハッピーナントカではなくて創造主の自己満足のためのボーナスステージなのに)
となれば考えられる可能性は1つしかない。
創造主がまだ満足できていないのだ。
きっと匂わせでは満足できず、かと言って先走る妄想に実際の創造力が追いつくことも出来ないまま、ゴチャゴチャとあーでもないこーでもないと考えているのだろう。
「わたくしはサリーの人生に満足したし、貴方は望み通り恋の匂わせができた。これで十分でしょう。もう終わりにしましょうよ」
猫撫で声で優しく語りかけるも何の反応もない。
「そうそう!わたくし、少しだけなら恋も悪くないって思ったのよ。それにダンスはまあまあ楽しかったわ。記憶はないけれど、わたくしって今までの悪役人生でたくさんダンスを踊ってきたのね。音楽に合わせて自然に体が動くの」
やはり何の反応もない。
「何か反応なさいよ……」
プリンセス・ヴィランはイライラを抑えきれず声を荒げた。
「これ以上わたくしを煩わせないちょうだい!伯爵とのことは潔く諦めることね!」
「なんですって!?」
背後から聞こえた女性の声に振り向くと、レストルームの入り口に1人の令嬢が立っている。
美しいが冷たい印象を受ける長い銀髪の令嬢は、ツカツカと歩み寄ってくるとその紫色の瞳でサリーを睨みつけた。
「伯爵を諦めろとはどういう意味ですか?わたくしにジークフリート様を諦めろと、そう仰っているのですか?」
(ーーこの令嬢は伯爵の婚約者の…名前は確かイザベラだったかしら?そういえばそんなのが視界の端にいた気がする……)
まるで興味がなかったので気にも留めていなかったが、婚約者の目の前で他の女に色目を使うような酷い男をこの令嬢は慕っているらしい。
プリンセス・ヴィランは口の端を吊り上げてフッと笑うと(あんなろくでもない男に振り回されて……イザベラ、かわいそうな子)と憐憫の眼差しをイザベラへ向けた。
「わ…笑っていないで、言い訳でも何でも……何か仰ったらいかがです?何か仰ってくださりませんと……」
動揺もせず冷めた目で見返してくるサリーに、強気だったイザベラの瞳に涙が浮かび上がる。
「……わ、わたくしを馬鹿にしないでちょうだい…ジークフリート様を誑かさないでちょうだい。確かにわたくしとジークフリート様は家同士が決めた形ばかりの婚約者です。それでも、わたくしはジークフリート様を……」
イザベラは顔を真っ赤にしてプルプルと震えると、持っていた扇を振りかざし蚊も殺せないような力でペチョンとサリーの頬を叩いた。
「イザベラ!?何をしているんだ!!」
「サリー!大丈夫かい!?」
気がつけば伯爵と兄がレストルームに入ってきて、イザベラを押しのけサリーを守るように取り囲んでいた。
「イザベラ、君が暴力を振るうような人だったなんて!見損なったぞ!」
伯爵に叱責され、泣きながらレストルームを去るイザベラを唖然と見送りながら、プリンセス・ヴィランは天へ語りかけた。
(ちょっと!まさかアレが悪役のつもりじゃないでしょうね?弱すぎますわ……)
ーーーーーーーー
しかし、その「まさか」であった。
その後、魔法の力を領地経営に役立てほしいと懇願され伯爵の屋敷に住み込むことになったサリーに、イザベラはことあるごとに嫌がらせという名目の訳のわからない絡みをしてきた。
庶民の娘であることを馬鹿にしてくるのかと思えば、申し訳なさそうにしどろもどろと口ごもり何とも覚束ない。
サリーは男にだらしないという噂を流そうとしたかと思えば、「やっぱりそんな酷いこと出来ませんわ!」と怖気づく体たらく。
挙句にサリーを屋根裏に閉じ込めたかと思えば、あらかじめ屋根裏部屋に美味しいお茶とお菓子を用意して、快適に閉じ込められるよう配慮してある有様だ。
(物語を盛り上げるためにどうしても悪役を出したいけれど、わたくしが悪役はいらないと言ったから躊躇しているのね。でも、それでしたら恋のライバルと友情で結ばれるとかいう方向に舵を切ればいいでしょうに。なんと思い切りの悪い……)
運営会議と称する伯爵と兄の求愛タイムを終えたサリーことプリンセス・ヴィランは、創造主のしょうもない葛藤に思いを馳せながら自室のドアを開けた。
「あら?イザベラ様、何をしているのですか?」
サリーの部屋でイザベラがハサミを手に佇んでいた。
どうやら伯爵からの贈り物である空色のドレスをハサミで切り裂こうとしていたようだ。
サリーの声に驚いて振り返ったイザベラは、アタフタとハサミを隠し「何でもありませんわ!」と部屋を飛び出して行こうとする。
ーーもう我慢できない。
「お待ちなさい!イザベラ!」
プリンセス・ヴィランは高圧的な態度で声を張り上げると、イザベラの腕を掴みハサミを取り上げた。天真爛漫に笑っている普段のサリーからは想像もつかないその目の座り具合に、イザベラは青ざめる。
「こっ、これは!えっと、その、貴方が裁縫ハサミを探しているという噂を耳に……いいえ嘘です!ごめんなさい!実は嫉妬心から貴方のドレスを切り裂こうとしていました」
秒で素直に反省し出したイザベラに、プリンセス・ヴィランは呆れかえり溜め息をついた。
「そうじゃないでしょう!?わたくし気づいていてよ。貴方、わたくしが部屋を出てすぐに忍び込んでいたでしょう!?それなのに、未だドレスを切り裂いていないとはどういうことなの!?」
「ーーえ?」
「時間はたっぷり1時間はあったはずなのに、その間ずっと此処に立ち尽くしてウジウジと悩んでいたの!?はあ〜信じられませんわ!わたくしだったら5分もあればドレスを切り裂いて脅迫メッセージを残すところまでいけます!いいこと?お手本を見せてあげるからよく見ていなさい!!」
プリンセス・ヴィランはハサミを華麗に構えると躊躇なく空色のドレスを切り裂いた。修復不可能な状態になるまでズッタズタに切り裂いた。
そして素早くペンと紙を手に取ると「下賎な庶民は出ていけ」と筆跡が特定できないように角ばった字でメッセージをしたためる。
「ほら、手始めとしてコレをドレスに貼り付けてみなさい!」
「あ……はい」
「それから部屋を出ていく時に、慌てるあまり愛用の髪飾りを落とすことも忘れずにね」
「え?でもそれでは犯人が判ってしまうのでは……」
「ハッ!馬鹿ね、こういった類の嫌がらせに賢い完全犯罪なんて誰も求めていないのよ。肝心なのは透けて見える浅はかさなの。まあ、髪飾りを落とすっていうのはちょっと初歩的過ぎるけど、慣れてきたら部屋から出てくるところを誰かに目撃させるっていうのもいいと思うわ」
「はあ……勉強になります」
「それから、先日わたくしを屋根裏に閉じ込めた件だけどね……」
(ーーああ、満たされる)
イザベラに講釈を垂れながらプリンセス・ヴィランはえもしれぬ充足感を味わっていた。
(血が燃え上がり体中をエネルギーが満たしていくこの感覚……わたくし、今とっても幸せだわ。やっぱり、わたくしは…わたくしは……)
その時、小さな白い光がフワフワと天から舞い降りてきた。
その光はプリンセス・ヴィランの高揚に呼応するかのように膨らんでいき、やがてこの世界のすべてを包み込んだのだった。
こんな思いつきで書いた場末の小説に初いいねを頂けました!
いいね くださった方、ありがとうございます
読んでくださった方もありがとうございます。
次で最終話です