ハッピーサンクスステージ②
「こっちにおいで、サリー……」
不思議な声に導かれ紫の霧の中を進むサリーの目の前に、長い銀髪と金色の瞳を持つこの世のものとは思えないほど美しい男性が現れた。
「アナタは誰?」
「私は君の家の裏の森に住む妖精シュバルツだ。昨日君が助けた怪我をした白兎の本当の姿だよ」
「そんな!あの子が妖精だったなんて!」
「ありがとう、サリー。君のおかげで僕は一命を取り留めた。お礼に君に豊穣の魔法の力を授けよう」
シュバルツはサリーの額に手のひらを掲げると呪文を唱えた。
すると額から光が発せられサリーの全身を包んでいく。
「体が……体が不思議な力で満たされていく!」
「ーーハッ!!」
次の瞬間、サリーはベットの上で飛び起きる。
「なあんだ、夢か……」
サリーはホッと一息ついてベットを降りるとドレッサーの前に座った。
そして櫛を手に取りいつもの三つ編みをしようとした時、サリーは自分の額におかしな印があることに気づき前髪をかき上げる。
「え!?何これ!」
それは幼い頃に本で見た古代の妖精文字に似た刻印だった。
それが額にあるよういうことは……
「あれは夢じゃなかったっていうこと?」
シュバルツと名乗る妖精は豊穣の魔法を授けると言っていた。
サリーは半信半疑で窓辺の鉢植えに近づくと、まだ芽がでたばかりのチューリップに両手を翳してみる。
(あの時の光は確かこんな感じだったわ)
光の熱さを思い出しつつ両手に力を込める。
するとたちまち芽が伸びて、あっという間に赤いチューリップが花開いた。
「すごい!この力を使えば畑の作物をもっと収穫できるようになんじゃないかしら」
そうすれば孤児だった自分を引き取り、実の娘同然に育ててくれた両親に恩返しもできるはずだ。
サリーは元気に窓を開けると「シュバルツ!ありがとう!」と夢の中の妖精にお礼を言った。
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(ーーえ?孤児?孤児ってことになったの?いつの間に?)
プリンセス・ヴィランは朝日を浴びながら降って湧いた設定に首を傾げた。
しかしサリーとして記憶を振り返ってみれば、確かに自分はかつて孤児だった。
孤児院でいじめられていた8歳のサリーを見た両親が「ウチの子にならないか?」と優しく手を差し伸べてくれた時のことをはっきりと思い出せる。
(そうそう、それで確か孤児院には唯一優しくしてくれた初恋の男の子もいたはずだわ。黒髪の…同い年の…名前も顔も詳しい性格もいっさい分からないけれど、いたはずだわ)
勝手にいろいろ付け加えられていることに不満を感じつつ、プリンセス・ヴィランはサリーの記憶をさらにたぐり寄せた。
(畑の作物は……ああ、麦になったのね。あんな耕し方で麦ができる気がしないけど、まあいいでしょうでしょう)
ぐっすり眠れたのか体が軽い。とても爽快な気分だ。
「今日もたくさん働いて、たくさん食べて、ぐっすり眠りましょう」
プリンセス・ヴィランは気持ちよく伸びをすると静かに窓を閉め、手早く身支度を済ませた。そして階下に降りると「おはよう!」と朝食の席に着いている家族に元気に声をかける。
「おはよう、サリー」
「おはよう、お母さん……って、あれ?」
母の顔が昨日と違う。
昨日の母はサリーと同じ金髪で目鼻立ちのはっきりした美人だったはずだが、今日の母の髪は茶色く、顔も印象の薄い面立ちになっていた。
父と兄を見てみれば、2人は昨日と同じシンプルな線で構成された印象に残らない顔をしている。
「どうしたんだい?サリー」
「……なんでもないわ、お兄ちゃん」
(サリーは【母に似た美人】だったはずだけど、血の繋がらない孤児ということになったから変わってしまったんだわ)
朝食を終えたプリンセス・ヴィランは、家族と血の繋がらない設定になってしまったことに僅かばかりの寂しさを感じながら麦畑を見渡していた。
昨日は何もなかったはずの広大な畑に、青々とした麦の芽がそよそよと風に揺れている。
これはさっそく魔法の出番ということだろうか。
(それでは、魔法で麦を増産して恩返しをしてみましょうか)
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あれから1年後。
サリーは今日も畑で麦を刈っている。
魔法による麦の増産は大成功で、サリーの家はそれによって得た収入で家を建て替え使用人を雇うまでになっていた。
両親や兄に喜ばれ、村の雇用促進にも一役買い、万々歳の万々歳である。
「すべてサリーのおかげだよ。ありがとう」
麦の束を抱えてお礼を言ってくる父。
「その通りだわ。サリーのおかげで私たちは幸せよ」
そう言って涙を拭う母。
「サリーの頑張る姿を見ると、僕も頑張ろうって思えるよ」
鎌を手にニコニコとする兄。
「いいえ。お礼を言わなきゃいけないのは私の方だわ。孤児だった私を愛し育ててくれて、ありがとう。どんなにすごい魔法の力を持ってても、どんなにお金を手に入れても、愛がなければ心は満たされないのよ」
「サリー!!!」
駆け寄ってきた両親と兄に抱擁されたサリーは、ふと茂みからに白兎姿のシュバルツが覗いていることに気づく。
ーーよかったな、サリー!
テレパシーで語りかけたきたシュバルツの言葉にサリーは微笑みながら頷く。
「ええ。本当によかった。私…本当に幸せだわ!」
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「文句のつけようのないハッピーエンドじゃない。何が不満だというの」
再び白い空間で目を覚ましたプリンセス・ヴィランは、ブツブツ文句を言い続ける創造主に呆れ果てていた。
「ハア〜だってさ、モフモフもまだ出てきてないのに」
「ええ?シュバルツがモフモフではなかったの!?」
「もうちょっとこう、アイコニックな造形のモフモフを出したかったんだよ。でもコレってのが思いつかなくて……シュバルツは保険のつもりで白兎にしただけなんだ」
「1年もあったのに出せなかったのなら、もう無理ではなくって?」
「そんなあ!あとさ、あとさ、孤児院の初恋相手いただろ?本当はアレもちょっと出したいなーって思っててさ。いや、運命の相手はいらないっていう君の意見は尊重した上でね、ちょこっと匂わせ的な……ね?」
「そんなに出したいのならとっとと出せば良かったじゃないの。歓迎はしないけど、匂わせるくらいなら許容できなくもないわ」
「それがさ〜キャラクター設定をアレコレ考えているうちに迷走しちゃって。そうこうしている内に気を逃したというか……」
なおもグチグチ言い続ける創造主の言葉をプリンセス・ヴィランは右から左へ聞き流す。
「わたくしはもう十分ですわ。これ以上望むものなどありはしない……」
サリーとしての人生は優しさが溢れた良い人生だった。これ以上何を望めと言うのか。
「そんなあ!もうちょっと欲張っていこうよ!」
「わたくしは幸せだったサリーの人生に満足しています。つまり貴方は目的を達成したのです。いい加減納得しなさい」
「じゃあ!じゃあさ、ハッピーサンクスステージはこれで達成したとして、おまけでボーナスステージをつけてみない?そこでイケメンとの恋の始まりをほのかに匂わせたら正真正銘の終わりにするから!お願い!お願い!」
「……わかったわ。但し、面倒なことはやめてちょうだいね」
この後に及んで粘り続ける創造主にプリンセス・ヴィランはついに折れる。
ーーかくして、プリンセス・ヴィランはまたまたまた物語の地に降り立つこととなった。
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☆プリンセス・ヴィランに捧げるハッピーサンクスステージ☆
【スペシャルボーナスステージ】
→庶民の娘である主人公がただの田舎でモフモフとスローライフを送りつつ魔法を駆使してナンダカンダと活躍して運命のイケメン?とのトキメキもちょっぴりありつつハッピーエンド
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