ハッピーサンクスステージ①
A王国の東にあるB領は王国で最も豊かな領地である。
領地の端にあるC村の農家の娘サリーは、今日も元気に畑を耕していた。
金色の三つ編みを揺らし鍬をかまえるその姿を、サリーの父は微笑ましく見守っていた。
「気がつけばサリーももう18歳か。そろそろ嫁ぎ先を考えてやらんといかんなあ…嫁ぎ先を……ううっ」
「アナタったら…今からこんなんじゃあ本当に嫁にいく時が思いやられるわね」
感慨深げに涙ぐむ父に、母が呆れたように肩をすくめる。
するとその横にいた兄のジョンが「父さんの気持ち、分かるなあ」と同意した。
「サリーがいつか嫁にいくだなんて僕も考えられないよ」
「もおー!聞こえてるわよ!みんな揃ってなに勝手なこと言ってるの!」
照れて顔を真っ赤にしたサリーが鍬を振り上げて怒ると、両親と兄は顔を見合わせて「まだまだ子どもだ」と笑い声をあげた。
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主人公サリー、歳は18歳。
A王国B領C村の農家の娘に生まれ、両親と兄に愛され育った明るくしっかりした少女。顔は母に似て美形だが、やや勝気な性格なため黙っていれば美人と言われることもしばしば。
(へえー、こんな場面からスタートするのね)
再び畑を耕し始めたサリーことプリンセス・ヴィランは、自分の中にあるサリーとしての記憶と自我を覗き見て感心していた。
(セリフも行動も自然に出てきたけど、こういうものなのね)
しかし、こうしてプリンセス・ヴィランとして目覚めた今、これまでのサリーは消えてしまったのだろうか?
それとも、これから徐々にサリーとしての自我に染まっていくのだろうか?
(それはともかくとして、これは何を作っている畑なのかしら?サリーの記憶にもないけれど……)
両親と兄は畑の端で何も入っていない籠や木桶を持ちニコニコとサリーを見守っているだけだ。1人でやたら広い土地を耕し続けているこの状況に、プリンセス・ヴィランは首を傾げる。
(ーー考えてもしょうがないわね。どうせ終焉が来るのだし)
やがて日が沈み、温かいスープとパンで腹を満たしたプリンセス・ヴィランは、ひたすら働いて疲れた体をベッドへダイブさせた。
「記憶にはないけど、今までの人生でこんなに体を動かしたことはあったかしら?」
心地のいい疲労感に誘われるまま瞼を閉じる。
(あら?もしかしてこれって幸せなんじゃない?)
ふわふわした微睡の中でぼんやりと思う。
(愛してくれる家族がいて…たくさん体を動かして…お腹いっぱい食べて……こうしてベッドに体を沈めて眠りにつく……ああ、幸せ。幸せだわ。もうこれで終わりにしていいんじゃないかしら……)
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「終わっちゃダメー!まだモフモフが出てないのに!」
目を覚ましたプリンセス・ヴィランは、再びあの白い空間に居た。
上空から降ってくる創造主の声は「だから言ったのに!」と騒々しく喚いている。
「わたくしを幸せにするための物語なんでしょう?幸せになったんだから何も問題は無いのではなくって?」
「そうなんだけどさー。実際作り始めたら、もっとこうしたらいいんじゃないかなー?とか、なんとかして映える設定にできないかなー?とか、欲が出てきちゃうのが創造主のサガというものでね」
「それならハッピーナントカは止めて、もう一度ちゃんとした物語を作ってみたらいいじゃない。わたくし悪役として出てあげてもいいわ。今までの悪役の記憶はないけれど、きっとまた上手にできると思うの」
「やだー!君を主人公にして幸せにしたいんだもん!」
駄々をこねる創造主の声に、プリンセス・ヴィランは「仕方ないわねえ」とため息をついた。
「では、もう一度サリーとして生きてあげてもいいわ」
「……違うプランに変更じゃだめ?今ならまだ傷は浅い」
「それはだめ。わたくしの希望を優先するのでしょう?」
婚約破棄だの復讐だの面倒くさいのはごめんだ。
「ーーところで、わたくし思ったのだけど。貴方、スローライフというものを理解していないでしょう?何の作物を作っているかも分からないような設定では、物語が広がらないのも仕方ないんじゃなくって?」
「…………………」
返事がない。図星のようだ。
「ま、かく言うわたくしもスローライフの事などよく知らないのですけど。とはいえ創造主の貴方がそれではお話になりませんわね」
「でもさあ、僕ぁ別に農業に焦点を当てたいわけではないんだよ。むしろそこは設定ガバガバでも僕的には全然イケるっていうか、ほのぼのまったり感を演出する舞台装置になってくれれば十分っていうか。僕にとって重要なのはそこに乗っかってくるスパダリイケメンとか悪役の因果応報ザマァとかファンタジーでサクセスなストーリーなんだよねえ」
「それでも物語として必要最低限の品質を保つためにどうにかするのが貴方の腕の見せ所ではありませんの?」
「ありません。だって僕はただのシ……ん?なに?今プリンセス・ヴィランと通じているとこなんだけど……え?魔法?魔法、魔法ねえ……」
創造主が誰かとゴニョゴニョ話し始めたので、プリンセス・ヴィランは仕方なくゴロリと寝っ転がった。そして(あら?何かがおかしいわ……)と違和感を感じ、すぐにその正体に気づく。
(あら、わたくしって肉体が無いのだわ)
一連の動作は実体のない魂の心の動きだったのだ。それに気づいたのは、今のプリンセス・ヴィランにサリーの肉体の記憶があるからだろう。
無いはずの手のひらをギュッと握りしめ、サリーの肉体の感覚を思い浮かべる。
あの疲労感と満腹感、眠りに落ちていく幸福感。心地の良い記憶たち。
(あれをもう一度味わえるのなら、もう少し頑張ってあげてもいいけど……)
「ーーやあ、お待たせ!ちょっとこっちで色々考えてみたんだけどさ、魔法を使えるようにするってのはどうかな?」
「いいわよ」
即答したプリンセス・ヴィランに創造主は「おや、乗り気だね」と驚きの声をあげる。
「でも、迷惑な魔法は御免ですからね」
「もちろんだよ。これは君を幸せにするための物語なんだから」
ーーかくして、プリンセス・ヴィランはまたまた物語の地に降り立つこととなった。
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☆プリンセス・ヴィランに捧げるハッピーサンクスステージ☆
【採用】
⑤プラン伍(修正ver2)
→庶民の娘である主人公がただの田舎でモフモフとスローライフを送りつつ魔法を駆使してナンダカンダと活躍して運命のイケメンと会うこともなくハッピーエンド
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個人的にはモフモフファンタジーは大好物です。