表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/115

89.切なる思い(クロエ視点)




 クロエ・トルミネ。トルミネ侯爵家に生まれた唯一の子どもだった。だから兄弟はいなかった。でもトルミネ侯爵家は落ちぶれてしまった故に、私が継ぐ理由は残っていなかった。


 父はよく「なにも残してやれなくてごめん」と悲しんでいた。


 なにもトルミネ家が没落したのは父のせいではない。祖父母が節操のない人間で、お金にかなりだらしない人間だったのが原因なのだから。立て直せるほど、侯爵家に余力はなかった。


 だから私は、侯爵家に生まれたとはいえ、本当に名ばかりの人間だった。


 そんな私に縁談など当然来るはずもなく、ほとんど平民と同じように暮らしていた。神への奉仕をすれば、こんなお荷物を抱えた私達トルミネ家でも少しはまともに生活ができるんじゃないかという希望を抱きながら神殿に勤めることにした。


 その神殿で出会ったのが、現夫のサミュエル・ライノックだった。


 大神官と一奉仕者。


 交わるはずのない私達が交わり、結婚するまでに至るにはもちろん反対する声もあった。それでも説き伏せられたのは、それだけサミュエルが優秀で人望があったから。


 そんな出会いも、今では遠い過去の出来事として記憶から薄れてしまっている。


(……それだけ、回帰を続けてしまったということ)


 悲しくなりながらも、これが現実だと受け入れる他なかった。


 ーーその回帰を、私は終わらせたい。


 この想いは、聖女様が考えているよりも強いもの。


(回帰の終わり、それは死を意味する)


 私は決して、サミュエルのことを愛せなくなったわけではない。……むしろ愛しているからこそ、この運命を終わらせたいのだ。


(……この気持ちを理解してもらうことはきっとない)


 何故なら、明かすことはできない。きっと。


(……これ以上、サミュエルが傷付く必要はないわ)


 馬を走らせながら、一筋の涙が頬をつたっていく。


「……ごめんね」


 その呟きと共に、一粒の涙は静かに消えていった。



◆◆◆


〈レティシア視点〉


 緊迫した状況の中、私達は神殿に到着した。神殿では、今起こっていることを忘れさせるくらい平穏な空気が流れていた。


(……私の結婚に興味がないのか、それともサミュエルの独断なのか)


 大神官が不在でも変わらない場所なのかもしれないが、通常運転に見える神殿に寒気がした。


「……どうやって入りましょうかね」


 アルフォンスの一言で現実を直視する。

 どう考えても普通では入ることができないだろう。長考することになるーーそう思った瞬間、クロエさんが私に近付いた。


「方法は考えてあります。聖女様、こちらを」


 クロエさんはすぐさま自分のローブを脱いで、私に着せてくれた。しっかりとフードのなかに髪が隠れるようにセットまでしてくれた。


「聖女様はなるべく聖女だと気が付かれないように。ディートリヒ様は騎士のままでいてください。サミュエルとの因縁を知る者は、本人以外いませんから。誰かに尋ねられれば、サミュエルが用意した騎士と答えれば大概の者が納得します」


 クロエさんは算段が考え付いているようで、素早く説明を行った。


「そして、肝心な中に入る方法ですが……簡単です。私の、サミュエルの妻の顔を知る者は多いですから。私がここを訪ねても、何も問題ありません」

「なるほど」

「ですので……中で待ちましょう。彼を」


 決意のこもったクロエさんの瞳は、揺るぎないものだった。その思いがひしひしと感じられたため、私とアルフォンスはすぐに頷いた。


 そして、私達は神殿へと足を踏み出して、中へと進んだ。


 到着したのは、過去に私が一度訪れた場所。


 それは、祝福を、欠陥チートを、この能力を消すように願った、記憶に強く残る場所ーー神殿の中の神像だった。





 いつもお読みいただき誠にありがとうございます。大変申し訳ございません。体調不良のため、次回更新を火曜日(8/15)とさせていただきます。ご理解のほどよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ