83.大神官の企み
サミュエルが私とアルフォンスが再び共に行動始めたことを知っているかはわからない。ただ、私の予想では監視役としてジュリアを設けるくらいだから、私の行動が事細かに認知されている可能性は低そうだった。
だが、万が一を考えてサミュエルが訪れる当日はアルフォンスに慎重に行動してもらうよう念を押して伝えた。
そして翌日。
サミュエルは本当に教会を訪れた。すぐさま部屋に通されると、まずは聖女にのみ話をということで、バートンは外された。
(いつもルキウスと面談を行っていた部屋……)
ルキウスが座っていた場所にサミュエルが座っているのが違和感で、不快感を覚えてしまった。
「……座らないのか」
(なんだか……この前会った時より少し雰囲気が違う?)
観察しながらも、不必要な反抗をしないでおこうと着席した。私の生誕祭で会った時よりも、どこか疲労感を感じさせるような顔色が気になったが、当然口に出すことはなかった。
「喜ぶといい、お前と第二王子との結婚が決まった」
何一つ喜べないが、ひとまずサミュエルに好きなだけ喋らせることにした。
「聖女が誕生してからしつこかった王家だが、そろそろ神殿との仲をより良くしておくのも必要だと思ってな」
(……私に友好関係の象徴になれと? くだらない)
どんな気の変わりようかわからないものだが、神殿と王家が長年均衡を保ってきたことは有名な話だ。均衡、といっても、以前よりも権威が薄れてきた王家としては、聖女を何としてでも手に入れたい人物だろう。
それを神殿は嫌がっていたはずだ。なぜなら聖女である私がお飾りだから。
無能を聖女に認定したことが王家に知られれば、次は神殿が権威を落としかねない。それを嫌った故に神殿の神官達が、今まで婚約自体を認めなかったのだ。
「交流を持ち、仲を良好なものに。当然これは表向きの話だがな」
(……何を企んでいるの?)
感情を見られないように、なるべく無表情を保っていたが、内心は不安で埋め尽くされていた。
「どうせ死ぬ運命になるのだから教えてやる。その短い命を、神殿のために役立てろということだ」
あまりの横暴な発言に、私はすぐに理解が追い付かなかった。ただあきれの感情がこみ上げてきて、目の前にいる大神官をますます軽蔑したくなった。
「お前とクロエの運命を変えると言っただろう。あくまでも変わるのは運命だ。クロエはクロエのままの姿で、永遠に生きる。逆を言えば、聖女は聖女の姿で死んでいくということだ。運命を変えたことなど、私以外の誰にもわかるまい」
(……こんな人間が大神官なんて)
もはや闇落ちなどという言葉では終われないほど、サミュエルの言っていることは聖職者とは言えない非道なものだった。
「お飾りの聖女と気が付かれる前に、結婚生活は終わるだろうな」
(だから神殿の権威は落ちないとでも……そんなわけ)
第一、喋らない聖女など王家が不審に思うことは避けられないのに。その問題点は、次の一言で消え去った。
「そもそもの話。今回の結婚話の発端は、第二王子からの提案だったしな」
(……え?)
「何をしたんだ、聖女。あの第二王子、お前の秘密を知っているようだったぞ」
(どういうこと……?)
「話を持ち掛けられたときに言われたのだよ“聖女様に関するどんな秘密でも守るから妃として迎えたい”とな」
興味深そうに笑うサミュエルは、人の不幸を楽しんでいるようにしか見えなかった。
文句を言いたい気持ちは山々だが、それよりも第二王子の存在を整理していた。
(元々はルキウスが大神官の時のみ、婚約の話を持って接触してきた。……今回は一度も会うどころか存在を聞いたのも昨日が初めてなのに)
第二王子の行動と言動が何一つわからずに、頭の中が混乱していた。
「これを利用しない手はないからな。もちろん短い時間であることを第二王子は知らないわけだが……そういう運命だと受け入れてもらおう。聖女と共にな」
(……何が起こっているの?)
必死に考えを巡らせるも、そんな暇もなかった。
サミュエル側の話が終わると、ぞろぞろと足音が聞こえてきたのだ。
「秘密を守り結婚する。そんなに都合の良い条件をだしてくれるのに、こちら側が何もしないのは少々失礼だろう?」
(この足音は何?)
「だから一つ条件を受けることにした。第二王子は、今すぐにでも、共に時間を過ごしたいようだ」
その瞬間、悪寒が走った。
「おめでとう、聖女。今日からお前は王城で生活できるぞ」
想像以上に、サミュエルは計画を練っていた。何一つ予想できなかった展開に、私はうろたえることしかできない。
「もちろん式を挙げるのは少し先の話だがな。とりあえずは共に生活を始めると良い」
式を挙げられるといいが、という失礼極まりない言葉にはもう反応できなかった。
「まぁ……輿入れの手伝いくらいはさせてもらおうか。着飾ってくると良い」
その瞬間ノック音が鳴り響き、部屋の中には神殿所属を表す服を着た女性たちが入って来た。何も考えられなくなる中、私はただ人形のように仕立てられるのだった。
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