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76.連鎖する違和感



 翌日、スケッチブックを携えて教会に持っていくことにした。


(金髪……この国でその色をまとう人は一人だけだ)


 金髪は聖女のみがもつ、聖なる証のようなものだった。本来であれば誰でも知っていることだが、王都の教会に配属され籠りきっている聖女様のことを知る人は少なくなっていった。かく言う自分も、関りが何も無いに等しい。それなのに、何故か覚えていた。恐らく王都を守る者として、情報として頭に入れておいたのだろうと疑問を片付けながらも、足は教会に向かっていた。


(……落とし物を届けようという考えだけで来てしまったが、果たして中に入れてもらえるのか)


 そんな不安も無駄で、ディートリヒ侯爵家と貴族であることを示せば快く取り次いでくれた。


(それにしても対応が緩すぎないか……? 用件の詳細を話す前に通されるなんて)


 聖女様の元に案内してくれる見習い神官に、責任者の所在を尋ねれば、本日は席を空けているとのことだった。


(……もしかしたら運が良かっただけかもしれないな)


 そう考え直しながら、聖女様のいる部屋に入った。扉を開ければ、そこには驚いた反応をする聖女様がいた。


 不思議と、その姿に惹かれている自分がいた。


 思えば、聖女様の姿をしっかりと見たのは初めてだった。昨日接触した時にはローブ姿で、完全には見えない状態だったから。


(…………綺麗だ)


 見惚れてしまうほど、聖女様は神々しく美しかった。


「突然訪問してしまい申し訳ありません」


 無言でいるわけにもいかず、用件を話し始めた。そして、スケッチブックを聖女様に渡した。すると聖女様は、ペラペラとスケッチブックをめくって、こちらにあるページを示した。


『ありがとうございます』

「い、いえ……」

(……喋れない、のか)


 スケッチブックを使う理由を考えればすぐにわかることだったが、いざ目の前で声なしに文字だけを見せられると不思議な感覚があった。けれども、嫌悪や気味が悪いなどという感情では決してない。

 またも言葉には表せない、本当に不思議な感覚だったのだ。


 そんな表現しがたい感情になりながら、動く聖女様をぼんやり眺めていた。渡したスケッチブックに比べると新品のように、色落ちしていないスケッチブックを部屋の奥から持ってきた。


 そして、ゆっくりと文字を書き起こした。


『私は、声を出して話すことができません』

「!」


 何となく想像していたことが確定した。それよりも、どこか寂しそうにその言葉を掲げる聖女様に胸がズキッと痛くなった。


(……?)


 それもほんの一瞬で、気のせいかどうか迷っているうちに、聖女様は続きを記した。


『昨日も今日も、助けてくださりありがとうございました』

「……」


 その言葉を何度も目が繰り返し読み直してしまう。まるで脳裏に焼き付けと言わんばかりに、文字に惹き付けられていた。


「騎士として……当然のことですから」


 自然とこぼれた言葉だった。だけど、自分で言って自分で何かに引っ掛かる。スッキリしない感情に包まれていると、終わりの時間が近付いてきた。


 沈黙を破るように疑問を尋ねれば、返ってきた答えに何故か落ち込んだ。道に迷って、でもこうして教会にたどり着けたことは喜ぶべきことなのに。


 まとまらない、複雑な感情をどうにか整理しようとすれば、聖女様から紅茶を淹れると仰ってくれた。


(……本当なら、用事はすんだのだから立ち去らないといけないのに)


 そう頭では理解していても、体と心はまだここに留まりたいと言っていた。「お願いします」と答えるのに、そう時間はかからなかった。


 聖女様は紅茶を淹れようとしたが、茶葉が足りなかったようで、取りに部屋を後にした。ついていくか考える時間も与えられず、急ぎ足で出ていかれた。


(……一人になるとは)


 思わなかった。静まり返った部屋をきょろきょろと見回した。


(これは……?)


 すると、机の一角に書類が積まれていた。気になって近付くと、教会に関する業務が書かれたものだった。


「……なんだ、この既視感」


 その書類は、どれも見たことのある気がしてなら無かった。原因不明の既視感の答えがわからなくて、ただひたすら次々と書類を見漁った。


「これも、これも、これも……全部わかる」


 教会に、この部屋に来たことは初めてな筈なのに。


 それなのに、目の前にある書類内容は全て理解できた。そしてその瞬間、頭に激痛が走った。


「ーーーーっ!!」


 言葉にできないほどの強い痛みに、ただ悶えた。目をつむり、どうにか痛みを振り落とそうとしてもそんなことは不可能で。


 ガヂャリと扉が開く音さえ、痛みを助長させてしまった。


「うっ」


 扉が開いた音がしたかと思えば、ガシャンと何かが落ちる音がした。そして、すぐさま誰かがこちらに近付いてくる。


「アルフォンス!!」


 自分の名前を呼ぶ、愛しい声。ずっと聞きたかった、ずっと聞いていたかった声が耳に届いた。

その瞬間、痛みが消え去ると同時に泣き出しそうな笑顔が浮かんだ。


「ルミエーラ、様……」




 ここまで読んでくださりありがとうございます。

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