44.騎士の思うこと
神殿に所属する騎士と大神官がどのような関係なのか、私は知らない。また、侯爵家子息という貴族と大神官がどれだけ親しいのかもわからない。
だから、ディートリヒ卿が放った言葉も、それに固まるルキウスも私には全て思いもよらなかった出来事なのだ。
完全に静まり返った室内は、過去にないほど寒ざむしい空気が漂っている。
(……ど、どうしよう)
部屋から出ようと立ち上がったのに、その動きが必然的に止まってしまった。二人の仲を詳しく知らない私は、これが険悪なものなのか、はたまた一方が嫌悪を表しているのか、何も見当がつかなかった。
ただ、困惑しながら立ち尽くす。
それもわずかな事で、ディートリヒ卿にエスコートのように手を取られた。
「……ディートリヒ卿、君は何を」
「大神官様。私のような一介の騎士の言葉など、恐らく記憶に残らないでしょうから。お気になさらないでください」
「ーーっ?」
「これにて失礼いたします。行きましょう、ルミエーラ様」
(は、はい)
ルキウスの言葉が詰まり、すぐの返答がないことを確認すると、ディートリヒ卿は優しく私の手を引いた。
ルキウスに一礼して部屋を出るものの、彼の表情は困惑一色に染まっていた。
(……どうしたんだろう、ディートリヒ卿)
彼らしくない、冷淡にも見える発言。まるでルキウスとの仲が悪いのではと錯覚してしまうほど、いつもとは違う態度だった。
疑問を並べながらバートンを呼びに向かえば、突然ルキウスが来たこともあって、バートンは近くで待機していた。
いつの間にかソティカはいなくなっていたが、あとで話そうと一人静かに考えながら、バートンに交代を伝えた。
そのまま私達は、いつもの流れで礼拝堂に向かった。人気のない場所に座ろうとすれば、ディートリヒ卿から声をかけられる。
「ルミエーラ様」
(…………)
「……先程のことで、何か思うことはありましたか?」
(それって……)
驚いた。まさか、ディートリヒ卿が自分から触れてくるとは思わなかったのだ。普段と変わった態度をルキウスに取った理由はわからない。だからといって、私からディートリヒ卿の印象が著しく悪くなるかと聞かれれば違うと答えるだろう。
(たぶん、それを気にしてるんだろうな)
本当はどうしてあのような発言をしたのか、聞けるものなら聞きたい。でもそれは、あまりにも無粋なことかと思ってしまう。今はとにかく、彼が気にしていることの不安を払拭するのが先だろう。
そう考えながら、メモ帳を取り出して文字を書き起こした。
『良い意味で、何もないですよ』
「っ!」
それを見せると、ディートリヒ卿は驚きながらもすぐさま笑みを浮かべた。
「そうですか……ありがとうございます」
(……やっぱり気にしてたのかな)
安堵の笑みというよりは、どこか悲しさと不安を呑み込んだような笑顔だった。
(……ルキウスと何かあったのかと聞くのは、さすがに踏み込みすぎよね)
尋ねることの取捨選択を慎重にしなから、ディートリヒ卿に少しでも明るい気持ちになってもらえるように、改めて感謝の言葉を書き記した。
『ディートリヒ卿、今回は本当にありがとうございました』
「……いえ、当然のことをしたまでです」
まだ感情が安定しないのか、ぎこちない微笑みを向けられた。
事細かに感謝を伝えるか悩んだが、今じゃない方が良い気がして、書く手を止めた。さらに悩む前に、今度はディートリヒ卿から話してくれた。
「ルミエーラ様、安心してください。決して大神官様と仲が悪いわけではありません」
(……あ、そうだった)
一瞬、言葉に出してないことが何故わかる。と言いそうになったが、ディートリヒ卿は驚くくらい私の考えがわかることを思い出した。
「……ルミエーラ様が雑に扱われているようで、少し反論したくなってしまいました」
(……確かに、理由もなしに今年だけ来いっていうのはあんまりですよね)
さっきルキウスと話した時は、神殿に行ったことを隠してしまった罪悪感から、何も気にせずに、突っ込むことはできなかった。
(ルキウスが不機嫌なのもあって、聞くにも聞けなかったけど……よく考えたら、詳細を教えないのは、都合がよすぎるのかも)
冷静になりながら、先程までの会話と祝祭について思い浮かべる。
(図書室の一件と祝祭を別々で考えたら、説明として不十分な気がする)
むすっとしながら、自分の心情を書き起こした。
『確かに雑でしたね。私がお飾りにしても、もう少し説明がほしかったです。職務怠慢じゃないですか?』
「ふっ……ははっ、そうですね」
少し怒った様子をしながらスケッチブックを見せれば、何故かディートリヒ卿に笑われてしまった。
「す、すみません……そこまで共感されているとは思わなかったので」
(しますよ! 自分のことですからね)
自分のことなのだから、これくらい偉そうにしても良いのでは。そう思いながら、ルキウスへの不満を吐き出した。
(……本人には絶対言えないけど)
スケッチブックを下ろしながらディートリヒ卿をみれば、まだ彼は楽しそうに笑っていた。
(でもよかった。いつものディートリヒ卿に戻って)
自分のせいで暗い表情にしていたのは確かなので、無事に元に戻ったことに安堵するのだった。
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