43.本心は演技で隠して
ルキウスが私とディートリヒ卿を呼んだ。
私だけではなく彼も呼んだということは、今回神殿に行ったことに関して、何かしらわかっていると言っているようなものだった。
(やっぱり、メモ帳はルキウスに拾われたのかな)
それに加えて、私達が図書室から逃げ出すときに、ルキウスが何か言っていたような気がしたのだ。
(後ろ姿を見て騎士だったから、ディートリヒ卿を呼んだ可能性が高いよね)
もちろん、ディートリヒ卿に私が外出していないことを確認するだけかもしれないが。
不安と緊張が過去にないほど高まってくる。ただ、ソティカに異変を悟らせまいと、いつも通りの雰囲気をどうにか醸し出しながら歩いていた。
無意識にぎゅっと手のひらに力を入れていると、いつの間にか部屋の前に到着していた。深呼吸をして落ち着かせようとすると、そっとディートリヒ卿が背中を擦ってくれた。
(! ……あ、少しましになったかも)
チラリと後ろを振り向けば、大丈夫だと言わんばかりの笑みを向けられた。
(……私はもう神官じゃないわ。今はもう、聖女よ。だから動じないて、いつも通りのに!)
キッと目に力を少し入れながら、扉をノックしてから開ける。
(……ソティカは入らないのね)
中には入れば、当然ルキウスがいたものの、なんとも読めない表情をしていた。
(……怒ってるのか、怪しんでるのかわからないな。もしかしたらどっちもかも)
そんなことを考えながら、私の方は普段と変わらない様子を見せた。
『本日はどうされましたか』
「…………」
私がスケッチブックのページをめくると、ルキウスは内容を確認する。その後に私とディートリヒ卿、それぞれを一瞥すると小さく息を吐いた。
「……ディートリヒ卿」
「はい、大神官様」
「ルミエーラは、昨日どちらにいましたか」
「教会内におられましたよ」
「…………貴方は?」
「護衛騎士ですから。お傍を離れるわけにはいきません」
「…………」
まるでそう言うと決めていたように、ディートリヒ卿は素早く答えた。
「何かございましたか?」
(き、聞き返した……!)
余裕たっぷりに見える彼の立ち回りは、純粋に尊敬できた。振り向かずとも、ディートリヒ卿が穏やかな笑みを浮かべながら、動揺を少しも見せない声色だった。
(……ルキウスと何度も話している私でさえ緊張するのに、ディートリヒ卿は凄いな)
むしろ、普段関わりがないから緊張する理由がないのかもしれない。それよりも問題は私だ。せっかくディートリヒ卿が、私達にとってよい雰囲気を作っているのを壊すわけにはいかない。
そう改めて意気込むと、表情管理を一層怠らないように気を引き締めた。
「……えぇ、お聞きしたいことがありましてね。ルミエーラ」
(……はい)
あくまでも何も知らないふりで反応した。
「これを、どこかで落としましたか」
(私のメモ帳……!)
やはり落としていたのだ、図書室に。それを見て動揺が顔に出そうになるも、なんとか抑えて、キョトンとした顔をした。
そして、フリフリと首を振る。
ルキウスの顔を見ると、困惑した表情を見せてから、私は自分のポケットからメモ帳を取り出した。
「!」
ルキウスは驚いた様子を一瞬見せ、私はその隙に文字を書き出した。
『私の物はここにあります』
「…………」
もちろん、どちらも私の物なのだが。ルキウスの持つメモ帳は、ディートリヒ卿が使ったページを破ってくれたおかげで、証拠としては不十分だった。
それをルキウスも理解しているので、言及する素振りは見せずに、ただ微笑んだ。
「それなら良かったです」
先程までの疑う雰囲気は嘘のように消えたかと思えば、ルキウスは本題だと言わんばかりに話題を変えた。
「ルミエーラ。今日は一ヶ月後の祝祭について伝えることがあって来ました」
(……祝祭か)
今年は何故かいつもとは違う、そうバートンは言っていた。その詳細をこんなにも早く聞けるとは思っていなかったが、知れるならありがたい。
「今年の祝祭は、ルミエーラに神殿に来ていただこうと思っております」
(!!)
予想外の言葉に、思わず目を見開いてしまう。だが、疑問しか残らないその提案に手は動いてくれた。
『どうしてですか』
「今年は節目ですから」
(……そんな理由で?)
あれだけ神殿に来させないようにしていたルキウスとは思えない理由だった。
「詳細は追ってお知らせしますね。近い内にまたここへ来ます」
(これは……質問は受け付けないという意思を感じる)
綺麗に切り替えたものの、やはり疑念が残っているのか、微かに不機嫌な様子がルキウスから見えた。
今回は尋ねるのはやめようとぐっと手のひらに力をいれた時だった。
「今更ルミエーラ様を神殿にお呼びする意味はあるのですか?」
「……」
(ディートリヒ卿……)
先程までの穏やかな声色よりも、少しだけ冷ややかな雰囲気を感じさせる声だった。
「私と神殿の決定です」
(……騎士であるお前は知らなくていいことだ、ってことかな)
珍しくルキウスから突き放すような言葉を聞いた。不機嫌さも増して、少し圧を感じてしまう。
「本日はここまでとしましょう。ルミエーラ、バートンを呼んできてください」
『わかりました』
これ以上話すことはない、という様子でルキウスは微笑みながら告げた。私もボロを出す前に部屋を出ようと立ち上がる。
「……なんとも無意味なことですね」
その瞬間、穏やかさが完全に消えたディートリヒ卿の冷徹な声が部屋に響くのだった。
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