31.隙のない準備を
結局は、手紙の偽装をすることになった。しかし、それはルキウスとソティカの業務妨害ではなく、あくまでもソティカ個人への手紙だった。
作戦としては、まずソティカの実家から帰ってきてほしいことを匂わすような手紙を送ったと見せかける。もちろん、それだけではソティカは動かないだろう。私の世話をする人がいなくなるから。
そこで、ディートリヒ侯爵家の力を借りて、人を手配してもらうことにした。これによってソティカを安心させて、なんとか実家に帰ってもらう作戦だ。
これなら、もし仮にバレても、罪に問われることはない。ただ、ソティカにのなかにモヤモヤが残るのでは? とディートリヒ卿に尋ねれば、問題ないと返ってきた。
ご両親が怪我をした等という明らかな嘘を書くのではなく、あくまでもご両親が思っているであろう心情を代弁するたけだと。
そこに、自分が話を持ちかけにいって、侯爵家の使用人を何人か呼び寄せると伝えれば、恐らく帰るとの話だった。
(ソティカが傷付かないようにする約束をしてもらったから、多分大丈夫)
ちなみに手紙の偽装に関しては、ディートリヒ卿が一任してほしいと言うので、任せることにした。驚くことに、彼は人に筆跡を似せて書く能力があった。
もはや多才と言える。
そんなこんなで、私達は今、神殿への出発に向けて、膨大な量の仕事を急いで終わらせていた。
なにせ、三日ほどは空ける予定なのだ。この期間に仕事が溜まり、教会が円滑に動かなくなれば、さすがにバートンが怪しむ。その事態を避けるために、事前にやっておくことにした。
(こうやって仕事を終わらせておくけど、提出は小出しにしないとね)
いつも以上にエネルギーを消費しながら、急いで手を動かしていた。それはディートリヒ卿も同じで、彼も普段の三倍ほどのペースで仕事をこなしていた。
「ルミエーラ様、お疲れではありませんか? 良ければこれを」
(チョコレート……!)
まだお昼には早すぎる時間だったので、ちょうどよかった。
『ありがとうございます』
「好きなだけ食べてください。かなりの体力を使っているでしょうから、その分補給をしないと」
(……確かにそうだな)
その言葉に甘えると、私は、少し多めにチョコレートを食べた。
その後も、必要な時にディートリヒ卿は間食を渡してくれた。
(なんか……餌付けされてるみたい)
ふとそんなことを思ったが、別に悪い気分ではなかった。ただ真剣に、ふたりで書類にむきあいつづけるのだった。
そして、その日の夜、ソティカからある報告をされた。
「聖女様。私、ほんの少しの間、こちらを空けることになってしまいました」
(ディートリヒ卿が手紙を渡したんだ)
作戦通り、報告の後には侯爵家の使用人を紹介された。ディートリヒ卿曰く、彼女達は当たり前だが自分達の味方だとか。
なんとか教会を空ける三日間、彼女達が不在を隠してくれるのだとか。ディートリヒ卿の不在はどうするのかと尋ねれば、私がバートンに会わずに不審に思われないなら、自分も同じことだろうと返ってきた。
確かに。護衛騎士とはそういうものだ。
彼の言葉に納得すると、出発の日目指して業務を追い込むのだった。
◆◆◆
〈アルフォンス視点〉
ルミエーラ様には、適当な理由を考えて、自分にも不利益がないやり方にすると告げた。
けど、残念なことにそれでは世話係の彼女が動かないことは容易に想像できた。なにせ、今まで長期的に帰らなかったのだ。手紙一つでその信念を変えることは難しい。
(……申し訳ありません、ルミエーラ様)
だから当初の予定通り、世話係と大神官様のやり取りに細工をさせてもらった。もちろん、齟齬が発生するから、問題になるかもしれない。
だけど私は知っている。大神官はルミエーラ様を監視していることを大事にしたくないことを。
理由としては、神殿にいるお飾り聖女を嫌う派閥が問題だから。実は彼らは、新なる聖女を見つけようと何年も探し続けていた。
その動きを当然大神官様は知っているし、大神官様がお飾りでも聖女を丁重に扱っていることをその派閥は知っていた。
ルミエーラ様を監視するというのは、それだけの価値があると言うようなもの。これが神殿の中で広まれば、ルミエーラ様への視線は不穏なものが向けられる。
あの大神官様が監視をつけてるのだから、彼女はお飾り聖女ではないのでは? と。
大神官様は、能力がわからない状態で、ルミエーラ様に注目が集まることは絶対に避けたいはずだから。彼はルミエーラ様のことを必要以上に大切に扱ってる。
だからこそ、手紙の少しの細工ですれ違いが起こっても、犯人捜しはきっと行わない。初回でもあるから、恐らく警戒を強めるだけ。
それなら、確実であるこちらの方法をとるしかない。
「……また、ルミエーラ様に怒られてしまうな」
一人誰もいないルミエーラ様の部屋の前で、ポツリと呟くのだった。
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