表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/115

25.右手の勲章




 がっちりと固められたような腕の強さに、もはや抵抗する気はおきず、本当に疲れた私はディートリヒ卿に抱き上げられた状態のまま、眠りについてしまった。


(……!!)


 ばっとベッドから起き上がると、すっかり外は暗くなっていた。


(……そんなに寝てたのか、私)


 まだ痛みが残る右手を確認すると、今度は夢ではなく現実であったことがわかる。


(よかった。今回も夢とかいうオチだったら、さすがに笑えなかったから)


 綺麗に巻かれた包帯に視線を向けると、眠る前までのことを思い出す。


(ディートリヒ卿……彼は何を考えてるんだろう)


 第二王子とのお見合いが無事回避できたのは、ディートリヒ卿の力もあってこそだった。ただ、彼の行動原理は全くわからない。わからないからこそ、ソティカの慕うという理由にすがりたくなるのだ。


(もし、その理由が当てはまるなら)


 もしかしたらディートリヒ卿は、私の願いを叶えてくれるかもしれない。そう思いながら、立ち上がってベッドを離れた。


「聖女様! お目覚めになられましたか」

(うん)


 心配そうなソティカに、大丈夫だと目線で伝えながら頷いた。


「よかったです……ですが、まだまだ安静にしていてくださいね。神官長様からの言伝なのですが、明日は詳細を聞く以外はお休みとのことです」

(半休、ってところかな。やった)


 目覚めたとはいえ、疲労は抜けていなかったのでその報告は普通に嬉しかった。


 ソティカもそれに気が付いていたのか、その日はさっと寝る準備を済ませてくれた。






 翌朝目が覚めると、いつもより遅い時間だった。バートンは既に他の仕事をしているほどで、自分が思っていたより寝てしまったことに気が付いた。


 起床して身支度を整えると、早速バートンの元へ昨日の詳細を伝えに行くことなった。


 自室の扉を開けようとすると、一瞬戸惑いが生まれる。


(……開けたらいるのよね)


 護衛騎士だからいるのは当たり前なのだけど、昨日の今日で、少しだけ顔を合わせることをためらってしまった。


(う……でもきっと、向こうは何も気にしてないんだろうな)


 抱き上げるのも、慣れた様子だった。ディートリヒ卿からすれば、昨日の出来事は特出したことでもなかったのかもしれない。


 そう思うと、自分が変に考えても仕方がないと感じて、ドアノブに手をかけた。


「おはようございます、ルミエーラ様」

(……おはようございます)


 予想通りというか、なんというか。ディートリヒ卿は、清々しいほどいつも通りの笑顔で挨拶をしてきた。


(くっ……わかってたけどなんだか負けた気分)


 その思いは決して表情に出すことなく、自分の中で収める。挨拶だけ返して、バートンの所へ向かった。


 ルキウスの時と違うので、ディートリヒ卿は部屋の前では立たずに、一緒にバートンの部屋へと入った。


「おぉ、ルミエーラ。体調は大丈夫か?」

(おかげさまで良好です)


 休めた分、回復はできていた。感謝の気持ちを込めて頷く。


「……血が見えたが、あれは手から出したのか?」

(その通りです)


 緊張していたとはいえ、バートンは私のすぐ隣にいた。だからなんとなく、何が起きたかは推測できたのだろう。


「そうか……ディートリヒ卿、傷は深いものだったのか?」

「そうですね。完治まで一週間程度はかかるかと」

「ふむ……」


 バートンは一週間程度という言葉に反応すると、顎に手を当てながら少しの間考え事をした。そして考えがまとまると、口を開いた。


「ルミエーラ。その傷はお前の勲章だろう。だが申し訳ない。聖女という立場の者には、あまりよくないものだ」

(バートンが何を言いたいかはわかる気がする)

「一目のつく時だけで構わないから、手袋をしてもらっても良いか? ずっとつけていると風通しが悪くなるだろうからな」

(わかりました)


 バートンの気遣いが見える提案だった。彼の言う通り、聖女が目に見える場所に包帯をしていれば、信者や神官達が驚くだろう。イメージとしてもそぐわない。


 それを即座に理解できたので、提案にはすぐに頷いた。


「ありがとう。そして本当によくやった。これ以上ない名演技だったな」

(自分でも我ながらよくやったと思います)


 その言葉を受け取ると、一つの大きな問題が取り敢えずは片付いたと実感するのだった。



◆◆◆


〈マティアス視点〉


「マティアス、聖女はどうであった?」

「はい父上。そうですね……」


 問いかけに対して、少しだけ記憶を思い起こす。


「凄く、神秘的でした」

「ふむ。だが見合いはできなかったのだろう。神殿の態度も考えて、ここは無理に押し進めなくてもよいと考えていたのだが」

「……いえ。私は彼女が良いです」


 ヴェールをしていてもわかる美しさは、彼女の肩書きが、さらに神々しさを増していた。


「そうか……お前がそう言うのは珍しいな」

「この話、進めてもらえますか?」

「わかった。王家の意向は進める方向と、神殿側に伝えておこう」

「ありがとうございます」


 体調が悪くとも、そうでなくても構わない。僕は、彼女に惹かれてしまったのだ。今まで誰にも惹かれたことのなかった自分が。


(……さて、次はいつ会えるかな)


 いつか会える聖女の姿を想像すると、自然と口角が上がるのだった。

 


 ここまで読んでくださりありがとうございます。

 下の星の評価やブックマークをいただけると、励みになります!

 よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ