24.必要な自傷
ディートリヒ卿にくるくると包帯を巻いてもらうと、治療は完了した。
「これで手当ては終わりました。ですが、痛みがひかないようでしたら、傷薬を定期的に塗ってくださいね」
(ありがとうございます)
コクりと頷きながら、包帯の巻かれた自分の手を眺めた。思い返せば自分のあの行動は大胆そのもので、なぜ咄嗟にできたかはわからなかった。
(……それほど必死だったのかも)
動くだろうかと思いながら、少しだけ手を動かしてみると、痛みを感じた。
「まだ動かさない方が良いです。それと痛みがなくなるまでは、安静にしてくださいね」
(わかりました……。うぅ、手がじんじんする。思ってたより痛かった)
予想以上に手はしっかりと動いたものの、同時に凄く痛かった。
ディートリヒ卿は優しく注意すると、手当てで使った道具を戻しに立ち上がった。
(……これで終わった、でいいのかな?)
取り敢えず、第二王子と二人きりの本格的なお見合いに入る前に、私は退場した。演技とはいえ、向こうからすれば、私は意識を失って倒れた聖女。そんな状態では、到底お見合いなどできないだろう。
(後はバートンが場を収められているか、だけど……大丈夫かな)
緊張はなくなったとはいえ、かなりの無茶振りをいきなり押し付けてしまった。そう考えていると、ディートリヒ卿が戻ってきて、再びしゃがみこんだ。
「ルミエーラ様。今回は傷を負わざるを得ない状況でした」
そっと包帯を巻いた手を触れながら見ると、目線を私の方に戻した。
「ですが、どうかこの手は奥の手にしてください。決して習慣にせず、なにか困ったことがあれば、私をいくらでも使っていただければと思います」
(……大丈夫ですよ。こんな痛い真似、頻繁にはやりませんから)
未だ熱をひかない右手を一瞥すると、約束に応じるように頷いた。
「では自室に戻りましょうか。礼拝堂に戻るわけにもいきませんから」
(確かに。バートンのことは気になるけど、ここは信じて任せよう)
そう思いながら、立ち上がろうとすれば、ディートリヒ卿が「失礼します」と言いながら、再び抱き上げた。
(!! …………い、いや。もうこれは大丈)
「万が一にでも、第二王子と遭遇しては危険ですから。それに、ルミエーラ様は負傷してらっしゃいます。ここはお任せください」
(負傷してるのは手です! 歩けます!)
突然のことで驚き固まりながらも、状況を理解するとディートリヒ卿に自分は歩けると目で訴えた。
「では行きましょうか」
(絶対わかってて無視してる!)
いつも不思議に思うくらい私の考えがわかる人が、今だけわからないなんておかしな話はない。ディートリヒ卿は、自分の意思を貫くためにわざと見ないフリをしている気がした。というか確信している。
先程までの緊急事態とは訳が違う。ディートリヒ卿の言い分がわからないわけでもないが、わざわざ歩けるのに抱えてもらうわけにもいかない。
その意思を伝えるために、ディートリヒ卿の胸を何度か優しく叩いて抗議した。
「ご安心ください。絶対に落としませんので」
(いや、そうじゃなくて!)
にこりと綺麗な笑顔を添えながら、そう宣言された。
(こうなったら自力で下りるしかないわ)
意図が伝わっているか否かはさておき、ディートリヒ卿が下ろす気がないのはわかった。こうなってしまえば、もう動いてどうにかするしかない。そう思って体に力をいれようとした瞬間、部屋の扉が開いた。
(まずい、死んだフリっ!)
体の力を一気に抜いて、こてんとディートリヒ卿の腕の中で気配をできるだけ消した。倒れた時のように目をそっと閉じた。
「おぉ、ここにいたか」
(……この声は、バートンかな?)
油断はできないと思って、一言聞いただけでは動かない。
「神官長様、第二王子御一行は?」
「お帰りいただいたよ。最初はルミエーラが心配だから、顔を見てからと言われたんだがな。意識を失ってる上に、下手に別棟に連れてくる理由もなかったから断ったんだ」
「お疲れ様です」
(ナイス、バートン!)
想像以上の活躍に安堵すると、目をそっと開いた。
「おぉ、ルミエーラ。起きていたか」
(はい、私は大丈夫です)
そう思いながら、体を起こして下りようとすると、何故かぐっとディートリヒ卿が抱く腕の力を強めた。
(!?)
「神官長様、ルミエーラ様は今回の件で酷くお疲れになっているようです。すぐにでもルミエーラ様の自室に運び、休息を取っていただこうかと思うのですが」
「そうだな、そうしよう。今回はなんとか目的を達成できた。ルミエーラ、今日はもう休みなさい」
ディートリヒ卿によって勝手に話を進められると、それを一ミリも疑わないバートンも頷く結果になった。
「後でことの詳細を聞きたいが……明日でもいいだろう」
「とのことです、ルミエーラ様。では、我々はこれで失礼します」
「あぁ、頼んだ」
こうして強制的に抱き上げられたまま、私は部屋まで連れていかれるのであった。
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