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16.祝福の言い伝え



 あの事件から数日が経った。


 ディートリヒ卿から聞いた話だと、ノノル子爵家は取り壊しになるとのことだった。聖女である以前に、神官見習いともあろう神聖な立場で、悪事を働いたことにお情けの余地もなかった。


 何よりも、今回の件で最も激怒したのが大神官ルキウスだったのだ。護衛騎士をつけたから難を逃れられたものの、神殿は今回のノノル子爵家の行動には、かなりの遺憾を示した。


 見せしめの理由も含めて、今後似たような愚かな真似が起きないように、ルキウスが王家に制裁内容を要求したという話は私の耳にまで届いた。


 そして、教会は徹底的な再調査を行い、少しでも怪しげな結果が出た者は、資格の剥奪か僻地の教会への移動を余儀なくされた。


 人の調査や移動で騒がしかった教会も、ようやく静かになった。


 私は、バートンの気遣いもあって、教会内が落ち着くまでの数日間は休暇になった。といっても、外出許可が出たわけでは無いので、図書室と部屋を往復する日々だった。


 図書室から本を拝借して、自室へと戻る。部屋の前には、ディートリヒ卿が変わらず立っていた。


 私が休暇でも、彼は違うようだった。


 これに関してバートンに言おうと思ったのだが、事件があった手前、ディートリヒ卿本人に休暇は不要だと言われるのは目に見えていた。


 なので、今は部屋にはいる度に笑顔で挨拶を交わすことにしている。

 

 自室に戻ると、早速借りてきた本を開く。最近の私は、専ら神殿について調べていた。


(といっても基礎知識だけど)


 神殿の基礎知識よりも、今日は気になる題名に引かれて選んだ本があった。


(大神官と神の祝福)


 その本は以前も読んだ気がしたが、改めて読み直すことにした。


(人々が見習い神官を目指し、見習い神官が神官になるために努力を重ね、大神官の座を誰もがつこうとしている理由……か)


 それは古くから伝わる伝説にあるらしい。


 レビノレアを崇めるための神殿ができる前の話。遥か昔に、神殿がなくとも神の存在を信じて、レビノレアを奉り崇めた人物がいたという。彼は人々に神などいないと嘲笑われても、信仰することをやめずに、ただひたすら神に仕えたとされる。その彼こそが、後に最初の大神官となるのだが。


 そんなある時、オルローテ王国では土地が干からびて食糧難が訪れた。人々を自然の驚異が襲ったという。初代大神官はひたすら神に祈った。「神よ! どうかこの窮地をお救いください」と。


 祈りに祈り続けた結果、彼の願いは聞き届けられたように土地が元通りになったという。


 そんなものは偶然だと揶揄する者がいたが、初代大神官はその時しっかりと神託を聞いたと言う。願いをかなえよう、という神の声を。


 初代大神官はそれを“祝福”と呼んだ。


 それからというもの、神のために身を捧げて善良な行いを続けた有能な大神官にのみ、祝福が授けられるとされている。


 この話は神殿に伝わる話なのだか、ほぼ真実で間違いない。祝福を授かった大神官達は、国或いは世界のために願い、逆に欲にまみれた大神官は祝福をもらえなかったとされているからだ。


 こういう前例があるにもかかわらず、現在も人々の中には己の欲を叶えようと、大神官を目指しているのだ。


(欲は叶わないって言ってるのに……人間とは変わらないものね。……まぁ、私もその人間なのだけど)


 読み終わった本をパタリと閉じて、椅子の背もたれに寄りかかる。


(そんなに祝福が欲しいですか? ここにいらない人間がいるのですけど。良ければ誰かもらってくれないかな)


 そんなことは絶対にあり得ないとわかっているからか、ため息をついた。そのまま天井を見上げると、あることを思い出した。


(そう言えば、私を見つけた大神官……ルキウス・ブラウンの前任は、神に熱心に仕えてたって言われてたっけな)

 

 だからなのか、辞めるという話を聞いた時、彼なら祝福をもらえたはずだと、神殿内で彼を惜しむ声がここまで届いたくらいだった。 


(ルキウス・ブラウンも祝福を望んでいるのかな)


 大神官となった為に、その資格の一つは彼にもある。しかし、本人とはこの会話について話したことはなかった。


「聖女様、ご休憩なさってください。お茶をいれましたよ」

(ありがとう、ソティカ)


 笑顔で頷くと、席を立った。その瞬間、窓の外から鳥の大群が羽ばたいた。


(……珍しいこともあるものね)


 音に驚いて振り替えると、眩しい日差しが差し込む。次の瞬間、ソティカの小さな悲鳴が聞こえた。


「きゃっ! あぁ……申し訳ありません聖女様」

(ソティカが……珍しい)


 ソティカはお茶とお茶菓子を乗せたトレーをソファーの前にある机に置いたのだが、加減が悪かったのか、カップが落ちてガチャンと割れてしまった。


『大丈夫?』

「私は問題ありません。……この距離なら割れないと思ったのですが、もうカップが脆くなっていたのかもしれませんね。取り替えて参ります」

(確かに同じものを使い続けている自覚はあるな……)


 ソティカの言葉に頷いたところで、何か違和感を覚えた。


(……あれ? 私この出来事を知っている気がする)


 抱いた違和感の正体は、既視感。初めて見るはずの光景は、どことなく見覚えがあった。どこで見たか思い出そうとすると、答えはすぐに出た。


(今朝見た夢に似てる……?)


 今朝、こんな出来事を夢で見てから目を覚ました気がする。そう思うと、私はこの先に何が起こるのかがわかった。


(もし夢で見たことが現実なら、この後はバートンが急いでやってくる……!)


 そう思って目線を扉に向ければ、案の定扉は開かれた。


「ルミエーラ!」

(この後、要件を言うところまで覚えてるわ)


 急いできた理由が、わかる気がした。


「大神官様がいらっしゃった!」

(ルキウス・ブラウンが来た!)


 バートンの声に重なるように、心の中で正解を言うのだった。


 ここまで読んでくださりありがとうございます。

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