14.慣れに潜むもの
昼食を終えて午後の仕事も片付けると、今日の業務は終了した。私達が仕事部屋から出る頃には、他の神官達の仕事も終わっており、礼拝堂には人が少なくなっていた。
『ありがとうございました』
「お役に立てたなら何よりです」
一応いるかもしれない人の目を気にして、小さいメモ帳に書いたお礼の言葉を見せた。
終始穏やかな雰囲気で仕事ができたのは、想像以上にディートリヒ卿が有能だったからだった。
(今日はもう自室に戻って良いはず)
普段は、バートンから呼び出しがなければ、部屋に直帰している。その旨をディートリヒ卿に伝えようとした時、一人の見習い神官と思われる人物が、近付いてきた。
ディートリヒ卿がさっと私の前に出る。
「騎士様。神官長様がお呼びでした」
「わざわざありがとうございます」
「すぐにお一人で来るようにと」
「……わかりました」
伝えきると、ペコリと頭を下げた神官見習いはすぐにその場を去っていった。
「では、送り届けてから行きます」
(あれ。でもすぐにって言ってたよね)
ディートリヒ卿は教会に来たばかりなので、バートンも色々と伝えることが多いはず。そう思って首を横に振って、メモ帳に文字を書いた。
『部屋に戻るだけですから、大丈夫です』
「ですが」
教会の警備に問題はない。その証拠に、私がここに来てから不穏な事件が起こったことがないのだ。
(だから本音を言えば、護衛騎士もやりすぎに思えてしまうのよね)
動きそうにないディートリヒ卿に、穏やかな笑みを添えてメモ帳を見せた。
『大丈夫ですよ、部屋に戻るだけですから』
「……わかりました」
本当ならついていくべきなのだが、バートンが一人で来るようにとのことだった。神像の前で待つことも考えたのだが、神官の目について、万が一でも話しかけられてはいけないので、いつも通りひっそりと部屋に戻ることを選んだ。
万が一、というのは、バートンが神官や神官見習いに“聖女は神聖な存在だから、滅多に話しかけてはいけない”としているからだった。だから、公ではバートンも仕事の話しか私にはしない。
ディートリヒ卿と目が合うと、彼は口を開いた。
「では本日はお疲れ様でした」
『お疲れ様でした』
少し申し訳なさそうな表情で告げられると、急いで返す言葉を記して見せた。
ペコリと浅くお辞儀をし合うと、解散となるのだった。
(それにしても、ディートリヒ卿って仕事のできすぎる人だったな)
とにかく呑み込みが早く、すぱすぱと書類をさばいていく姿は、慣れている私に負けず劣らずだった。明日以降も自分の仕事の負担が減ると思うと、内心は喜びで埋まっていった。
教会と別棟を繋ぐ一階の渡り廊下に差し掛かった時だった。
「聖女様っ!」
(……え?)
背後から、聞いたことのない声に呼び止められる。私は、その声を無視するべきかわからず足を止めてしまった。
(まずい。足を止めちゃった。……でもあれかな、私にもバートンの伝言か何かかな)
そっと振り向けば、一人の神官見習いと思われる青年が立っていた。
「聖女様っ……あぁ、この日を待ちわびておりました」
(……え?)
「私、ノノル子爵家のエリックにございます」
(貴族の子息でも、神官見習いになるという話は聞くけど)
目の前にいる子爵令息が何をしたいのかわからず、思わず後退りをする。
「お迎えに上がりました。二十歳となり、神殿のしがらみから解き放たれた聖女様。さあ、私と共になりましょう」
(…………え、何言ってるんだろうこの人)
言っている言葉が何一つとして理解できなかったが、二十歳という言葉からどうにか意図を読み取ろうとした。
(二十歳……神殿……。もしかして、婚約!?)
決して表情には出さないものの、目の前の令息がおかしなことを言っているのは明らかだった。
「貴女さえいれば、我が子爵家も安泰というもの。さぁ行きましょう」
(この人私の答えには興味ないと言うこと?)
自分勝手に話を進める姿は、私が着いていくのがまるで決定事項のようだった。嫌そうな顔をして首を横に振れば、それが彼の癇に障ってしまったようだった。
「聖女様。貴女は黙って私についてくればよいのですよ。そうすれば手荒な真似はしませんから」
(……!!)
彼の背後からは他の神官見習い達が五人ほど姿を現した。そこには、先程ディートリヒ卿に伝言を伝えた者もいた。子爵令息だから、買収でもしたという所だろうか。
(……なるほど、嵌められたってことね)
自分の後ろを見れば、そこにも二人ほど待ち伏せされており、囲まれた状況だった。
(どうしよう。二人なら間を抜けれないかな)
チラリと目線を後ろに向けたままだったからか、子爵令息が近付いてきたことに気が付かなかった。
「さぁ! 行きますよ!!」
(痛っ)
片腕を掴まれると、ぐいっと子爵令息の方へ引っ張られる。顔を見れば、とても神に仕えるような者とは思えない、欲深く醜い表情だった。
振り払おうと力を入れるが、なかなか上手くいかない。どうして良いかわからない焦りで、気持ちがぐちゃぐちゃになる。それでも、必死に助けを求めた。
(助けて、アルフォンス!)
声を出さなければ届かないことなどわかっている。それでも、思わずにはいられなかった。
その思いは、無事届くことになる。
体が浮いて勢いよく、後方へ引き寄せられたのだ。
「お傍を離れてしまい、大変申し訳ありません。ルミエーラ様」
(……!)
聞き慣れた、安心する声が耳に届いた。
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