12.騎士と教会案内を
翌日、目が覚めても頭はふわふわとしていた。起き上がって目をこすりながら、昨日の疲労を感じていた。
(ちょっと体が重い気がする……あとなんかぼぉっとする、かも)
今日は護衛騎士となったディートリヒ卿に、教会内の案内をするのだ。普段の私なら、せっかくの休日を潰されたと嘆くところだが、今日は違う。
むしろやる気に満ち溢れていて、準備を入念にしたほどだった。
というのも、ルキウスに協力を頼めなくなった以上、もしかしたらディートリヒ卿に頼めるかもしれない。そう思ったのだ。
(ディートリヒ卿が心優しい騎士なら、何とか同情を誘って神殿に連れていってもらえるかもしれない)
協力者を必要とする今、ディートリヒ卿は一番の適任に思えた。ソティカは神殿出身だが、長年いた上で一度も神殿に行きたいと言ったことはない。今いきなり言い出せば、不信に思われるかもしれないと考え、一度保留にした。
それよりは、ディートリヒ卿の方が無限の可能性を感じていた。
当たり前の話、私と卿は出会ってまだ間もない。協力を頼めるようになるためにも、親しくなる必要があるのだ。
(そうと決まれば、どうにか仲を深めないと!)
意気込むと、ソティカにお願いして支度を急いで済ませる。
日常用と、案内用に新しく用意した二種類のスケッチブックを持つため、肩掛けのバックを用意した。スケッチブックを入れると、肩にかける。
「ではお気をつけて。聖女様、いってらっしゃいませ」
『いってきます!』
今日はスケッチブックを見せて、伝えることができた。心なしか、ソティカはいつもより笑みが深まっていた気がした。小さなことだけど、嬉しさを感じながら部屋を出た。
「おはようございます、ルミエーラ様」
『おはようございます』
日常用とのスケッチブックをめくって、笑顔を添えながら挨拶をする。
(とにかく印象良くして頑張ろう……!)
「今日はよろしくお願いします」
『よろしくお願いします』
お互いにペコリと頭を下げると、私はスケッチブックを入れ換えた。胸の高さでスケッチブックを掲げると、私よりも背の高いディートリヒ卿に見せるので、必然的に上を向くことになる。
『まずは、今いる別棟についてご紹介します』
「わかりました。お願いします」
穏やかな雰囲気と声色で頷いたのを確認して、その場から動くことなく、次のページへとめくった。
『こちらは私の自室になります』
「……」
丁寧に手で隣を示しながら、説明を始める。けれども、何故かディートリヒ卿は固まってしまった。次の瞬間ふふっと笑みをこぼすと、柔らかな眼差しで言った。
「存じ上げております。丁寧にありがとうございます」
(あ……私の部屋は説明しなくても良かったのか)
笑みがこぼれた理由を察すると、少し恥ずかしくなった。でもあまり気に止めず、次の案内に移ろうと前を指差して移動を開始した。
少し歩いて立ち止まると、再びページをめくる。それを振り向いてディートリヒ卿に見せる。
『こちらが図書室です』
「……ルミエーラ様はよく利用するのですか?」
その問いには、指で摘まむような動作を見せて答えた。
「少しだけ、ということですね?」
(伝わった……良かった)
本格的にコミュニケーションを取るのは初めてなので、動作だけで伝えられるものが通じるか心配だったが、問題なさそうだった。
安堵の笑みを浮かべながら頷くと、ページをめくる。
『次の場所に行きましょう』
「はい」
食堂やソティカをはじめとするお世話係の仕事部屋、訪問した信者の数のような様々記録が保管されている保管庫などを案内した。
別棟の紹介を終えると、ディートリヒ卿も見慣れた教会の中心である礼拝堂の案内を始めた。
『何度も来てるとお聞きしました。わからないことはありますか?』
「特には大丈夫です」
言いたいことを事前に準備していたおかげで、スムーズに案内を進めることができた。なんとなく礼拝堂内を歩くと、あの神像の前に来てしまった。
「立派な神像ですね」
(……無難に頷いておこう。ここで自我を出してもしかたない)
落ち着いた笑顔でこくりと首を上下に動かすものの、内心とはすこし異なっていた。
ディートリヒ卿と一緒に神像を眺めた。
(……そう言えば、いつも毛嫌いしてまともに見たことがなかったけど……こんなに神秘的だったっけ、あの神様)
転生することを決めたあの時のことを思い出そうにも、もうあの自称神のことを頭に浮かべることはできなかった。
「もしかして、お嫌でしたか?」
(え……?)
思わぬ発言に思考が固まる。一体どういう意味なのか、頭を回転させたくても同様が勝ってしまった。
(どういう意味だろう……というか、顔に出てたのかな)
突然の言葉に不安になりながらも、それを察させないためにスケッチブックを開いた。その瞬間、ディートリヒ卿が付け足すように声をこぼした。
「今日は休暇の日でしたので。お休みの日まで仕事に関連した話をされるのは、お嫌だったかなと」
(あ、そういうことか)
返答を書き始めようとペンを持った所だったが、意図がわかったので表情を緩めて首を振った。そして、日常用のスケッチブックを手にして、小さく笑みを浮かべながらページを見せた。
『大丈夫です』
「それなら良かったです。失礼があったかと思ってしまったので」
『大丈夫です』
同じページにはなってしまうが、もう一度そっと押し出すように、言葉を伝えた。
「ありがとうございます」
(私の方こそ。お気遣いいただきありがとうございます)
お互いにペコリと頭を下げ合うと、それが案内の終わりを告げるように、私の今日のお仕事ならぬ任務は終了した。
(取り敢えずは穏やかに終えられた、かな?)
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