102.戦いの鍵
私がルキウスの前で声を出したのは、これが生まれて始めてのことだった。故に、彼は目を丸くして固まっている。
「……ルミエーラ?」
「はい」
「喋れたのか……?」
長らく騙し続けたこと。
これに対する罪悪感から私は目を下げて間を空けた。謝罪の意味を込めた面持ちで、頷いた。いつもと違って声を添えて。
「はい……」
「!!」
ルキウスは再び驚きの表情を浮かべて黙り込んでしまった。
「…………」
「…………」
「…………」
部屋の中にいる私、アルフォンス、ルキウスの誰も声を発せずにいた。
(……失望させたかな)
一時はあんなに嫌に思っていた大神官でも、やはりバートンと同様長年お世話になった人だ。嫌われたくはないという、なんとも身勝手な感情が沸き起こってしまうのだ。
すると、ルキウスは大きなため息をついた。
「はぁぁぁあ…………」
「!」
ビクッとなりながらも、じっとルキウスの方を見た。
「…………本当は怒るべきなのかもしれないな。騙したなって」
「…………」
「でも、嬉しいんだよ。ルミエーラが喋れることが。嬉しくて仕方ないんだ」
「ーー!」
ルキウスは何かにあきれるような表情になったが、すぐに笑みを浮かべて続けた。
「今まで黙っていたことも、喋れるようになったのも何か理由があるんだろう」
「……あります」
「いつか聞かせてくれ。今は話している時間は無さそうだからな」
「……はいっ」
込み上げてきた涙を抑えながら笑みを浮かべて、ルキウスに応えた。
「反対派の話の続きなんだがな」
さっと切り替えると、ルキウスは今神殿に起こっている問題を事細かに説明した。
「反対派の頭が強いんですね」
「あぁ。容認派をことごとく引き入れてる。……このままだと容認派の重鎮も引き込まれてしまう」
「大神官様は説得されたんですか」
「もちろんだ。……だが、俺の話はあまり彼らには響かない。なんせ共に過ごした時間が少なすぎてな。信頼関係の構築がまだ未熟なんだ」
「そこを狙われた、と」
アルフォンスの指摘に苦しそうに頷くルキウス。
「……ルミエーラ、ディートリヒ卿。大神官がどのように決まるかは知っているか?」
「レビノレア……神がお選びになるのてはないのですか」
あやうくいつもの癖で呼び捨てになったところをどうにかごまかした。
「その方法もある。通常二つの方法が存在している。一つは前任の大神官から指名されることだ。俺はサミュエル様から指名されてなったんだ」
(意外……サミュエルって指名してたのね)
今はともかく、ルキウスを指名した当時はボロボロになっていた時なのだ。その時はもしかしたら、神殿への最後の情だったのかもしれないなと感じた。
少し思考している間にも、ルキウスとアルフォンスによって話が進んでいた。
「もう一つは?」
「複数の重鎮による会議で決定する方法だ」
「それは……もしや多数決なのですか」
「……そうだ。大神官の解任も、非常事態であれば彼らによって決められる」
「それは……買収されれば」
「あぁ。いくらでも思い通りにすることができる。……今まではしっかりと均衡が保たれていたんだ。だが、欲深い者の出現でその均衡が破られつつある」
(神殿に仕えている者でも……欲のある人はあるわ)
そしてそれが悪い方向へ傾いてしまうことも。
ルキウスは、自分の立場と私の立場か危ないことを改めて教えてくれた。
「……正直、八方塞がりなんだ。すまない、それなのに神殿につれてきてしまって」
「いえ。レビノレア神の生誕を祝いたいと願ったのは私の方です」
「ルミエーラ……」
今こうなってしまったのは、ルキウスのせいでは絶対にない。
「……重鎮を説得できれば勝ち目はあるんです?」
「それは、もちろん。……だが、説得なんて」
普通に考えれば不可能だろう。それでも、この危機的状況を乗り越えるにはどんな手でも使わなくてはならない。
「アルフォンス」
「はい」
「一人だけ、この説得に向く人がいると思わない?」
振り向いてアルフォンスに確認をすれば、枯れ葉少しだけ考えてから、ニヤリと口元を上げた。
「……あぁ、そうですね。是非とも働いていただきたいものです」
説得に関する問題は解決できると思う。
「いる、のか? そんな人が」
「はい。後で呼んで参ります」
「よ、呼んでくる? そんなことが可能なほど近くにいる人物なのか……」
誰だかわかっていないアルフォンスは戸惑っていたが、私は反対派の明日の動きに関して尋ねた。
「明日、反対派は自分達の主張して新たな聖女を立てるだろう」
「祝祭という神聖な日に」
「だからだろうな。……民衆にも認知させたいんだよ、奴らは」
「あぁ……」
明日から始まる祝祭は、レビノレアの誕生日ということもあって神殿以外の場所も賑わう一大行事だった。
「聖女の問題は私がどうにかできると思います」
「ルミエーラが……」
「はい」
長年お飾りと言われてきて、何の力も見せなかった私が偽物と言われるのは仕方がない。
だがしかし。
私はレビノレア直々に聖女に任命された、本物なのだ。反対派の訳のわからない偽聖女に乗っ取られる訳にはいかない。
そんなことを知るよしもないルキウスは、ただ不安そうにこちらを見ている。私は強気に微笑んで彼に告げた。
「ご安心ください、明日はきっと私の晴れ舞台になりますから」
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