10.面談は続く
欲しいもの。というよりは、私はずっと神殿に行きたいと思っていたのだ。しかし、神殿の連中からすれば、私は欠陥のある人間でお飾りの聖女。寄せ付けたくはないだろう。
ルキウスがどう考えているかはわからないが、二十歳のお祝いという特別な日なら聞いてみてもいいかもしれない。
そう考えながら、慎重に文字を並べていった。回りくどく言う必要はないと判断して、シンプルな文面を作ると、スケッチブックを裏返して見せた。
『神殿に行きたいです』
「あー…………」
何とも微妙な反応をもらってしまった。
「神殿、ねぇ……」
その上ため息までつかれる始末。
もうこれは駄目だと言われているようなもので、諦めるのが吉かと思ってしまう。
「……ルミエーラ。わかってると思うが、神殿にはお前を近付けたくない、反聖女の過激派がいる」
(……派閥があるのは初耳ですけど)
喋れないから、能無しだからと蔑まれるのはわかるのだが、それが派閥として確立されていたのは知らなかった。
「奴らはルミエーラのことをよく思ってない。最悪危害を加えてくる可能性も否定できない……何様だと思うけどな。けどこれが事実なんだ」
(やっぱり正攻法じゃ駄目か……)
元々高かった望みではないものの、やはり期待はしたので、その分だけ落ち込む。しょんぼりとしながらも、筆を走らせた。
『わかりました』
「……まぁ、何か力を発揮できれば黙らせられるんだがな」
(うっ……始まった)
同情を引けるとは思わなかったが、まさかいつもの話に繋げてくるとはさすが利己主義の男。
「それこそ何か変わったことはないのか。ルミエーラほどの膨大な聖力を持っていれば、ある日突然目が覚めてもおかしくないんだがな」
『目覚めてないです』
使い回しのページを開いて、少し抗議気味にスケッチブックをずいっとルキウスに見せつけた。
「本当かねぇ。……もう目覚めてたり」
『目覚めてないです』
詮索しようとする言葉を遮るように、同じページを開きながら、スケッチブックを小さくけど力強く振った。目力を強めながらルキウスを見る。
「はいはい。わかりましたよ」
(これだからルキウス・ブラウンは油断できない)
私の圧が伝わったのか、彼は片手をあげて首を振りながら、私の言葉を受け取った。
「まぁ……とにかくルミエーラが元気だということはわかった」
当たり前だという思いで頷く。
「今日はここまでにするかね。実は近い内にまた来るから」
(来るのは勝手ですけど、私は会わなくていいよね)
「その時にまた話そう」
(くっ……これも上司命令よ)
神殿に行けないことがはっきりとわかった今、私からはルキウスに用など無いのだが、立場上断るわけにも行かない。
『次にお会いできる日を楽しみにしてます』
表情を崩さないように、笑顔でページをめくった。
「あぁ。今度は喜ばれる土産を持ってくるよ」
加えて、ルキウスは私にバートンを呼ぶように告げた。それを了承して頷くと、一礼をして部屋を後にした。
(終わった……けど疲れた)
心の中でため息をつきながら、部屋の扉を閉じる。
「お疲れ様です、ルミエーラ様」
(! ……びっくりした。そうだ、いたんだった)
扉の右側には、ディートリヒ卿が立っていた。周囲に椅子があるのに、立ち続けていた様子を見ると、スケッチブックからページを見つけ出す。
『お疲れ様です』
「……あぁ、大したことではありませんよ。ですが、お気遣いいただきありがとうございます」
こくりと頷くと、私は急いでスケッチブックに用件を書いた。
『神官長を呼びにいきます』
「わかりました」
頷きあって理解したことを確かめると、バートンの待つ場所へと向かった。私の姿を見るなり状況を確認すると、バートンは急いでルキウスの待つ部屋に走るのだった。
私はルキウスのお見送りが残っているせいで、自室に戻ることはできない。だから教会の端っこに座ることにした。
私が座ると、背後にそっと立つディートリヒ卿。自分だけが座っているのが気になって、スケッチブックを開いた。
『卿も座ってください』
「ありがとうございます、ルミエーラ様。ですが、これが私の仕事ですので」
(……それもそうか。護衛騎士だもんね)
納得すると、ディートリヒ卿の目を見て頷いた。後ろを向いていた体を前に戻して、スケッチブックを畳む。ぼおっとしながら、ルキウスとバートンの話が終わるのを待った。
(それにしても疲れた。でも今日はましなほうかな? 聖力について何度も突っ込まれなかったし)
思い返せば、比較的面談時間も短かった気がした。
(もしかして、誕生日だから気を遣って……いや、ないな。ルキウス・ブラウンに限ってそれは)
一人で突っ込みながら、考えをすぐさま消した。そうやっている間に自然と時間が過ぎ、ルキウスを見送る時間になった。
出迎えと同様、教会の人間達で入口付近に並ぶ。
「また来ますね、ルミエーラ」
(戻ってる。……本当ここまでくると別人だよね)
来て欲しくないとは、少しも表情に出さずに微笑み返した。それを真意と取っているかはわからないが、ルキウスは手を振ると馬車に乗っていった。
(……やっと帰った)
最後の訪問者も帰ったところで、私はようやく肩の荷が下りるのだった。
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