第9話 狼 vs 熊
「なんだか分からないけど……これなら戦える!」
「グオォッ!」
半狼化したフミカは、ベアーガの腕を拳で跳ね返す。体勢を崩したベアーガの腹目掛けて、フミカは一気に姿勢を低く縮こませ飛び込んだ。
「はぁっ!!」
「グオアアアアアッ!?」
フミカの蹴りでド派手に吹き飛ぶベアーガ。あの巨体を軽々と蹴り飛ばすパワー……! 完全に狼の力を自分の物にしている……!
「身体が軽い……こんな感覚初めて……」
「グオオオオオオッ!!」
ベアーガの奴、フミカに蹴り飛ばされて完全に頭に血が登ったようだ……! 近くにあった大きな岩を砕き、投擲武器のようにフミカへ破片を飛ばしている……!
「わっと……!」
フミカは華麗に飛び上がると、しなやかに身体を捻りながら岩の雨を掻い潜った……! あんなに恐ろしかった狼の力も、今や頼もしい希望の力へと生まれ変わっている……。だが、なんで突然今まで眠っていた狼の力が目覚めたのか。
「ん……? 左手に魔力の残留が……」
俺の左手に、微かに魔法を使った痕跡が残っていた。俺は今まで右手からスヤルを放っていた。左手は一切使ってない。……じゃあ、これはなんだ?
「俺が狼の力を起こしたのか……?」
都合の良い考えとしか思えないが、状況を整理すると辻褄が合う。狼化の凶暴な性質だけは眠り続けているように見える。“力だけ”を俺は起こしたのか?
「ふ……! はッ!」
ベアーガは必死に大きな爪を振り回しているが、フミカはまるで、風に舞う花びらのようにベアーガの攻撃を躱していく。フミカは、ベアーガの攻撃が止むタイミングを計っているようだった。
そして、スタミナ切れを起こしたベアーガの動きが止まった。
「今だっ!!」
「グアオオオオオッ!?」
フミカは宙を舞いながら身体を逸らせ、三日月を描くような蹴りをベアーガの胸元にお見舞いした! 鮮やかなムーンサルトキックが決まった……!
ベアーガは力尽き、豪快に地面に倒れた。
「狼の力が……また眠っていく……」
役目を終えたと悟ったかのように、フミカの身体に発現した狼の力は再び鎮静化していった。
◇
「ご苦労様でした! 確かに、依頼の薬草はお受け取りいたしました!」
ベアーガを倒しギルドに戻った俺とフミカは、受付に薬草を納品して、無事に依頼をやり遂げることが出来た。無事とは言っても、お互いボロボロだが。……と、ベアーガの件も報告しとかないとな。
「あの、薬草採取の最中にベアーガが現れたので、念のため警戒しておいた方が良いかと」
「えぇっ!? ベアーガが!? はい、分かりました……! ギルドマスターにも伝えておきます……! それで、ベアーガはどこにいたんですか? 討伐依頼をギルド側から募集しないと……」
「あっ。ベアーガならもう倒したんで、とりあえず討伐の方は大丈夫かと思うんですけど。薬草の生えている平原に倒れたままになっているので」
「え……? た、倒したって、お2人でですか……!?」
「2人っていうか……フミカ1人で、ですけど……」
「へ……?」
「ベアーガを、たった1人で!?」
受付の女の子が驚きのあまり大声を張り上げた。その声を聞いたギルドの冒険者たちの視線がフミカに集まり、ザワザワとどよめきが広がっている。
「あのベアーガを1人で、だと……!? ありえん……!」
「あんな可憐な少女が!? なんでスイマなんかと組んでるんだ!?」
「え、えっと、これは……」
ギルドの注目を浴び、フミカが困っている。しまったな……。フミカのことは伏せておくべきだったか? いや、報告で嘘をつく訳にもいかないしな……。
「お嬢さん! そんな冴えない男なんかと組むのはやめて、俺たちとパーティー結成しませんか!?」
「何言ってんだ! その子と組むのはうちだ!」
「えぇ……!?」
フミカの元にギルドの男たちが駆け寄ってきた。ベアーガは1人で倒せるようなモンスターじゃない。当然、その実力を欲しがる連中はたくさんいる。ましてや、フミカは可愛いしな……。
ここいらが潮時か。俺は結局、今回の依頼で全く役に立ってなかった。そんな俺を見限って、フミカは他の奴と組むことになるだろう。まぁ、少しの間とはいえ、フミカと一緒に過ごせて楽しかった……。
「あのっ! あたし、スイマさん以外の人とは絶対に組みませんっ!」
「えっ……!?」
ギルドにざわめきが巻き起こる。俺の脳みそは、聞き間違いかどうか判断出来ずに、思考が停止している……。
「だって……スイマさんは何度も命懸けであたしのことを守ってくれた……。そんな人、スイマさんが初めてです……!」
そう言うと、フミカは俺の後ろに隠れた。ギルドの連中はもちろん。俺も放心状態で立ち尽くしている……。
「えっと、迷惑じゃないなら、これからもあたしとパーティーを組んで欲しいんですけど……駄目、ですか……?」
「も、もちろん! 喜んで!」
「な、なんだとー!? スイマこの野郎! ふざけんなー!!」
「ぎゃああああああッ!! すいません! なんかすいませーん!!」
俺はギルドの連中に囲まれ、憎しみのこもった蹴りを浴びながら、正式にフミカとパーティーを組むことになったのだった。