第8話 強襲ベアーガ
フミカを吹き飛ばしたのは巨大な熊型のモンスター、ベアーガだった。あのベアーガは間違いなく、イラトたちと受けた依頼で取り逃がした個体だろう。まさかこんなところを徘徊していたとは……!
「う、うぅ……!」
(フミカ……!)
フミカは体をフラつかせながらも、なんとか立ち上がっていた。ぶつかる瞬間、身体を捻って衝撃を受け流していたのかもしれない。ベアーガはフミカを睨み付けたまま仁王立ちしている。獲物を追い詰めるかのようなベアーガのあの様子じゃ、この前のように走り去ることもないだろう。
……どうする!? あいつには俺の催眠術が効かなかった。イラトたちと4人掛かりでも敵わなかった。さすがにフミカでも戦える相手じゃない! ガサッソとは訳が違う……!
いや、考えるまでもない。俺がやるしかないじゃないか。
ベアーガが俺に気付く前に、催眠魔法の“スヤル”を撃てるだけ撃つ。数を稼げれば眠らせられる可能性は高まる。失敗したとしても、フミカが逃げる時間は稼げる。
「スヤル……!」
俺はベアーガに手をかざし、出来るだけ小声で呪文を唱える。俺の右手から放たれた催眠魔法は、フミカを睨み付けているベアーガに着弾した。
「フガッ……!?」
よし! 一発目は当たった! あとはこっちに接近する前に撃ち続ける!
「スヤル! スヤル! スヤル……」
「グオオオオオオオッ!!」
狼化したフミカの時のように、俺はとにかくベアーガにスヤルを放ち続ける! ほんの少し意識を朦朧とさせながらも、ベアーガは俺にターゲットを変更してこっちに突っ込んできた……!
「スイマさん……!」
(眠れ……! 眠ってくれ……!)
10発はヒットしているが、ベアーガが眠る気配はない。フミカの時はやっぱり紛れだったのか……! だが、俺が囮になればフミカに危害は及ばない! これで良いんだ!
「ぐわあッ!!」
ベアーガの巨体が俺を襲った。俺は地面に叩き付けられながらも、なんとか歯を食いしばって全身の痛みに耐える。以前はここで気を失ってしまったが、今回はそうはいかない……! フミカがこの場から逃げられるまでは……。
「フミカ……! ここから早く逃げ……」
「嫌です……!」
俺の視界にフミカの背中が飛び込んできた。フミカは、両手を広げて俺を庇うように、ベアーガの前に立ちはだかっていた……。
「お、俺のことは良いから……ギルドで助けを呼んできてくれ……ギルドの連中なら、きっとこいつを倒してくれる……」
「でも……! このままスイマさんを残していったら無事でいられる訳ありません……!」
「だ、だが……このままじゃ2人揃って……!」
「スイマさんを見殺しにして逃げるくらいなら……その方がマシです……!」
「フミカ……」
俺も逆の立場なら、フミカを置いていくことなんて出来ない。フミカの気持ちは嬉しいが、でも俺は、なんとしてもフミカは助けたい……!
こんな時に、あの時の“力を眠らせるスキル”が発動すれば……。だが、あの力は全く発動条件が分からない。使えるもんなら最初から使ってる……!
「力を……眠らせるスキル……」
眠らせられたんなら、起こせるんじゃないか? ふと、俺の頭にそんな考えが浮かんだ。だが、起こすったって何を!? 土壇場で俺は何を考えてるんだ!?
「グオオオオオオッ!!」
「うっ……!」
ベアーガが俺たち目掛けて大きな爪を振り下ろしてきた。もう、ここまでか……。覚悟を決めて俺は目を瞑った。
「グオッ!?」
ベアーガの腕の一振りで、辺りに凄まじい風圧が巻き起こった。だが、何故か爪は俺たちには届いていない。恐る恐る目を開けると、目の前で、ベアーガの腕を受け止めている人物の姿が見えた。
「フミカ……! その姿は……!」
「え……? あたし、どうして……?」
フミカの頭には大きな耳。可愛らしい八重歯は鋭い牙に、さらには爪が伸びて、そしてフサフサの尻尾が生えていた。これは、狼の力……! あのベアーガの一撃を片手で受け止めている……!
だが、あの時とは違う。人間の姿を大きく残しつつ
、暴走せずに自分の意識をしっかり保っていた。