第3話 目覚める野性
「グオオオオオオオッ!!」
「な、なんだこいつ……!?」
助けを求めていた少女は、完全に狼の化け物へと姿を変えていた。俺が見たのは幻か? それとも擬態能力か? いや、違う……。
「あの子の様子……。あれは本当に助けを求めていた……!」
根拠はない。俺の心がそう言っているだけだ。でも、俺はいつだって自分の心に従って生きてきた。
「グァオオオオオッ!!」
狼は俺を敵と認識しているようだ。どの道、彼女を救うためにはやり合うしかない。暗闇で視界が悪い中、俺は注意深く相手の出方を伺う。
「グゴアアアアアッ!!」
「くっ……!!」
狼は鋭い爪を振り下ろす。俺は紙一重でその攻撃を回避する。伊達に冒険者を続けてきた訳じゃない。冷静になればある程度は対処出来る。あとは催眠魔法が効くかどうかだ……!
「スヤル!!」
俺は狼に手をかざし呪文を唱える。狼は、一瞬気が遠くなったかのような素振りを見せている。効いた効いてないに関わらずこの反応を見せるモンスターは多い。油断は出来ない。
「グアアアオオオッ!!」
「うわっ!!」
意識が覚醒した狼の反撃。俺はその攻撃もなんとか躱す。やはり催眠魔法は効いていない。だが、完全に効いていない訳じゃない……!
「俺の催眠魔法は、レベルの差が大きければ大きいほど成功率が下がる……。下がるが、成功する確率はゼロじゃない……!」
俺は近くに落ちていた木の棒を拾う。武器はこれしかない。何もないよりはマシだ。
「こっちだ! 俺を狙え!」
街中で戦えば民家に被害が出るかもしれない。俺は少しでも狼を街の外へ誘い出す。頭に血が上っている狼は、しっかりと俺の誘いに乗ってくれた。
「グアオッ!!」
「くっ……!」
狼からの強烈な一撃を、木の棒一本でなんとか受け止める。木の棒を両手で支えつつ、俺は左手だけをそっと広げた……!
「スヤルッ!!」
「グァ……!」
やはり魔法の効力は薄い! だが、この距離なら……!
「スヤル!! スヤル!! スヤル……!!」
「グアアアアッ……!!」
俺は狼の攻撃を受け止めながら、魔力が底を尽きるのを覚悟で“スヤル”をひたすら唱えた。背を向けたまま林に突っ込んだ俺は木の枝で身体を切ってしまったが、今はそんなこと気にしていられない……!
「スヤル!! スヤル!! スヤル!! うおおおおっ……!! 止まれェッ!!」
少女が助けを求めていたんだ……! ここで止められなきゃ、俺は一生後悔するッ!
「グオアアアアッ!!」
「頼む! 止まってくれェッ!!」
「スヤルッ!!」
「グアッ……」
俺は最大限の魔力を込め、渾身のスヤルを唱えた。それで眠らせられる確率が上がる訳じゃないが、今の俺に出来ることはそれしかなかった。
「う、うぅッ……!」
「はっ……!?」
そんな俺の泥臭い願いが通じたのか、それともただの偶然か。狼の意識は薄れ、みるみる筋肉質な狼の身体は、柔らかで瑞々しい少女の物へと変わっていった。
「はぁ……はぁ……」
「おい……大丈夫か……!?」
「あ、ありがとう……ございます……」
渾身のスヤルでも眠らせることは出来なかったようだが、少女はなんとか意識を取り戻したようだった。とは言え、俺はこの子のことを何も知らない。この子が“少女”と呼べる存在かどうかは定かではないのだが。
俺は少女が落ち着くのを待ってから、気になっている疑問を投げ掛けた。
「君は一体何者なんだ……? 狼の姿は一体なんなんだ……?」
「あ、あたし、フミカと言います……。その、私、モンスターとかじゃなくて、普通の人間です……!」
フミカと名乗った少女はそう言うと、細い腕に付けているブレスレットを俺に見せてきた。古代文字のような物が彫り込まれ黄金に輝いている。
「このブレスレットを付けてから、身体がおかしくなって……!」
「なんなんだそのブレスレットは……?」
「友人から、貰った物です……。友人と思っていたのは、あたしだけなのかも、しれないですけど……」
「私、トレジャーハンターをやっていたのですが……。私の仲間に、私と同い年の女の子がいたんです……」
「その子が友人とやらか……?」
フミカはコクリと頷いた。トレジャーハンターはその名の通りお宝を狙う職業だ。その仕事柄、トラブルが多いという噂は聞いたことがある。
「友人がどこからか手に入れた物らしいんですけど、いつもと変わらない様子でプレゼントされたので、あたしは何も疑わずに腕に装備して……」
「その日の夜からです……。身体が狼に変わるようになってしまったのは……」
フミカは震えながらブレスレットを握り締めていた。この子は、俺と同じなのかもしれない……。