第2話 謎の少女
身ぐるみ剥がされ冒険者パーティーを追放されてから数日。仲間を失った俺は、一人で冒険者ギルドの安い報酬の雑用のような依頼を受けて、細々と食いつないでいた。
「スイマさん。今日もギルドの清掃ご苦労様でーす!」
「あ、はい。どうも……」
しばらくの間ギルド内の掃除をしていた俺は、受付の姉ちゃんからすっかり掃除のオッサンとして認識されてしまっていた。いや、まだ20代なので断じてオッサンではないが……。俺は掃除がしたくて冒険者ギルドに登録した訳じゃないぞ……。というか、全然冒険じゃないが。
「はぁ……。俺はこのまま一生ギルドの雑用係なのか……?」
催眠術師なんて職業。一人で冒険するなんてまず無理だ。敵を無理矢理眠らせて、その隙に仲間に攻撃してもらう。それが俺の出来る役割。
自力で倒すには、俺の攻撃力は弱すぎる。攻撃してる内に敵が起きて、そのまま反撃されるのがオチだ。仲間はどうしても必要なのだ。
だが、仲間に裏切られ、持ち物を強奪された俺は、新しい仲間を作る気なんてそうそう起きなかった。またあんな目に遭うのはごめんだ。冗談でもなんでもなく、俺は雑用係で一生を終えるかもしれん。ははは。なんか笑えてきた……。
「おい。あの話知ってるか」
「狼の化け物が出る話だろ?」
「狼の化け物……?」
床をモップ掛けしている俺の耳に、ギルド内の噂話が聞こえてきた。冒険者業と無縁になっている俺だが、根は冒険好き。その手の噂話には興味があった。
「夜な夜な街に現れては民家に侵入。食い物を強奪していくそうだ」
「討伐に向かった冒険者も1人やられたらしいな。ただの害獣にしては強力なモンスターだ」
「その話を聞きつけたイラトのパーティーが依頼を受けたとかなんとか」
「げっ……。イラト……」
今一番聞きたくない人物の名前が飛び出した。あいつらイキってた割にはそんなご近所のトラブルを引き受けてんのか……。なんにせよ、関わりたくない話だ。
◇
その日の夕暮れ時。俺はギルドの雑用を終えて、自宅へと帰ろうとしていた時だった。
「1日掃除して1500ガネット……。相変わらず報酬が安い……」
「例のモンスターの目撃情報はこの辺りだ」
「こ、この声は……」
聞き覚えのある声に、俺は咄嗟に民家の陰に隠れた。因縁の相手であるイラト、オッコ、カツムの3人組。噂話で聞いた通り、あいつらはギルドの依頼を受けて、街に出没するという狼を探しているようだった。
「この依頼は、いつもギルドの依頼を失敗している俺たちの信用回復が掛かってるんだ。なんとしても成功させるぞ」
「帰り道はこっちだってのに……。仕方ない。遠回りになるが、向こうの道から帰るか……」
俺はイラトたちを避けるため、大きく迂回して自分の家に向かって歩き始めた。まったく、仕事が終わった後だってのに、なんでこんな気疲れせにゃならんのだ……。
日が暮れようとしている中、街に設置されているランプの明かりを頼りにひた歩く。繁華街から離れているのもあり、この辺りはずいぶんと静かだ。フクロウや虫の鳴き声もよく聞こえる。
だから、普段聞こえない物音もよく聞こえた。
「フシュウウウ……」
「な、なんだ……?」
獣の荒い息遣い。フラフラと揺らめく黒い影。得体の知れない何かが、暗闇の中に紛れている。俺の頭の中には、話に聞いていた狼のことが過ぎった。だが、黒い影はどう見ても二足歩行で歩いている……! 人型のモンスターなのか……!?
「タ、たすけ、テ……」
「はぁ……!?」
俺が踵を返してモンスターから逃げようとしている時、モンスターの口から助けを求める声が聞こえた。どういうことだ? 一体何が起きている?
「お、女の子……!?」
シルエットがランプに照らされ、その姿がはっきりと確認出来た。人間の女の子に狼の耳、鋭い牙と爪、そしてフサフサの尻尾が生えている。狼の化け物と呼ぶには、あまりにも弱々しい姿だった。
「どうしたんだ? 君は一体……?」
「ア、タシ、力が……抑えラレなくテ……! お願イ、シマす……! 助けテ、くだサイ……!」
狼の少女が、獣の唸り声と混ざったギリギリ聞き取れる声で、俺に助けを求めている。なんだかよく分からないが、落ち着かせれば良いんだな……!?
「分かった! 少し眠らせるが許してくれ! スヤ……」
「グオオオオオオオオッ!!」
「うおっ!?」
催眠魔法のスヤルを唱えようとした時、女の子の様子が一変した。少女の細い手足は筋骨隆々のモンスターの物に変わり、鋭かった牙と爪は、さらに殺傷能力を増した凶器へと変貌している……!
「狼の……化け物……!!」