第1話 眠らせられない催眠術師
「出たぞ! 討伐目標のモンスターだ!」
俺たち冒険者パーティーの前に現れたのは、体長3メートルを超えるクマ型のモンスター『ベアーガ』。ベアーガは平原を猛スピードで駆け抜ける。奴の注意を引き付けるため、剣士のイラトが先陣を切った。
「くっ……! 速い……!」
ベアーガの速度に翻弄されるイラト。魔導師のオッコとガードナーのカツムがイラルをサポートしようとするが、巨体を押し付けるように暴れ回るベアーガ相手に上手く連携出来ない。
「こうなったら……頼む! スイマ!」
「まかせろ……!」
ようやく俺の出番か……。俺は迫りくるベアーガの前に立つ。そして、ベアーガに向け手をかざした。
「スヤル!」
俺の十八番。相手を眠らせる魔法『スヤル』を唱えた。ベアーガの動きは鈍り、目はゆっくりと閉じ始める。眠らせることに成功した……かに見えた。
「グオオオオオオッ!」
「へ?」
「ぐぎゃあああああ〜!?」
ベアーガは意識を覚醒させ、俺目掛けて突っ込んできた。ベアーガはそのまま逃走、俺は気を失った……。
◇
「スイマ、もういらなくね……?」
俺が気絶している間、イラトたちは何やらヒソヒソと相談していた。俺は目覚めたばかりの頭を覚醒させながら、その話し声に耳を澄ませる。
「あのオッサン。最初は役に立ったかもしれないけどさ……。もう私たちが戦うようなレベルのモンスター眠らせられなくなってるからね……」
「そもそも、催眠術師ってなんだよ……。眠らせるのが取り柄って、お前はお母さんの子守唄かよ」
「オッサンの子守唄とか嫌なんですけど……」
「違いねぇや! だはははははっ!」
「みなさん、おはようございます……」
「あっ……」
陰口を聞いていられなくなった俺は、盛り上がっているイラトたちの会話に割って入った。あいつら、そんなこと思ってやがったのか……。ていうか、誰がオッサンだ……。俺はまだ20代だぞ……。
「聞いてたのかスイマ……」
「聞いてた。そりゃもうばっちりと」
「イラト、ちょうどいいじゃねぇか。いつかパーティーから追放したいってずっと言ってたんだからよ」
「カツムの言う通り。私もう、こんな使えないオッサンと一緒に戦うの嫌なんですけど」
「オッコとカツムがそこまで言うならな〜……。スイマ。ここは身を引いてくれないか?」
「おい……。確かにレベルが高いモンスターに催眠術は効きにくくなっているが、最初の頃はちゃんと眠らせられてたじゃないか……」
「ハァ……昔の話とかどうでも良いのよ」
「今使えなきゃ意味ねぇんだよ。もう引っ込めよ。オッサン」
「オッサ……あ、いや。スイマ。ここはみんなのためを思って、ここで別れようじゃないか? な?」
こ、こいつら好き勝手言いやがって……。まぁ、ここで食い下がってもしょうがないか。こいつらの言いなりになるのは癪だが……。
「分かったよ……。今まで世話になった。じゃあな」
「おい。待てよ」
「なんだよ、カツム……?」
「お前の持ってる所持金と武具、それは俺たちの金魚のフンやって手に入れたもんだろ? ならそれは俺たちのもんだろうが」
「はぁ……!?」
なんだそれ!? めちゃくちゃだぞこいつ……! イラトとオッコ、なんとか言ってくれ……!
「そうね。役に立たないクセに報酬だけ貰ってるなんて、そんなの不公平だと思うわ。ね? イラト」
「まぁ、2人がそう言うならな〜。仕方ないな〜。そういう訳だからスイマ。それ置いてけ」
「ふ、ふざけんなぁ〜ッ!」
さすがに我慢の限界だ! そんな要求まで聞いてたまるか! 俺の催眠術で眠らせて、そのまま逃げる!
「スヤル!!」
「…………」
き、効かねぇ……! モンスターを倒してるこいつらと、サポート職の俺とじゃレベルの差がありすぎる……! 催眠術は格上には効きづらいって、嫌でも分かってるってのに!
「やれやれ……。言っても分からないなら、実力行使するしかないな。そうだよな? オッコ。カツム」
「フフフ……。そうねイラト」
「往生しろや! オッサン!」
「ぎ、ぎぃやあああああああっ!!」
俺は仲間だった奴らにリンチされ、装備していたメイスや上質なローブ、その他諸々身ぐるみを剥がされ平原に放置された……。これが、惨めな俺。スイマ・ユルーシテの人生最悪の日だった。