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竜、嘯く

「えー、リック・ホークリスです。ディオの友達、親友。マジで」

「……まぁ、男友達と言うのは、うん、とかく殴り会うものだと聞いている、からな」

「そうそう、うん、コレもね、友情の証だから。あえてうけたのよ、わざとね」

「ああ、うん、はは……」


黒の長髪と浅く焼けた肌、金色の瞳を持った伊達男が右頬をパンパンに腫らして言い張るのを、イザドラは曖昧な笑みで聞き流す。

そういうことにしておく程度の優しさは、まだイザドラのなかにも残っているようだった。


「リッ君、あるいはホークと気軽にお呼びください」

「……いや、ホークリスと呼ばせてもらうよ」

「えー、遠慮しなくていいぜー? 俺と君との仲じゃんよ」

「どういう仲になってしまったのかさっぱりだが、人間関係の懐に飛び込んでくるな」

「気軽にタメ口きくんじゃネェよ!」

「ヒットアンドアウェイ!?」

「あー、お姉さんツッコミにキレがネェなぁ。それじゃあダブルボケとかのバリエーション増やせねぇぜ。ディオは決してボケが得意な方じゃねぇんだから、そこを支えあってこその夫婦だろ?」

「どこまでいっても話題はその視点からなんだな」


そしてホークリスはボケに定評のある人物に違いない、と一人納得しつつ、横で酔いつぶれたディオのことをイザドラは横目で流し見る。

ディオとホークリスならそれは見事に噛み合うだろう。あつらえたようなコンビ芸を見せてくれるに違いない。


「半ば涙目になりながらどしゃ降りに降り注ぐボケに一人ツッコミ続けるディオ……。ああ……。いいな、それ……」

「恍惚とした表情いただきました。また強烈な相方引いたなディオの奴」


と、気がつけばホークリスはイザドラの隣、ディオとは反対側の席にしれっとした顔で座っている。


「あんまりいじめないでやってくれよな。そいつそれでも俺の友達だからよ、なんていうのか、気のおけないさ、貴重なさ、そういうあれだから」

「そういうあれかふーんへー」

「あー、いいねーその冷たく聞き流す感じ。なんか俺の心が高みに上っていく」

「君はもう少しディオの打たれ弱さをみならうべきだな」

「いやぁ? こいつこれでも根が強くってさ、タフってぇの? 強情だぜ。商売の話なんかだと特にそうだね。俺が熱心い熱心に口説いてもそよともなびかネェんだもンよ。商人の鑑だね」

「ディオの商売ね」


イザドラはカウンターに肘をついて姿勢を崩す。


「武器屋と商売の話をする人間なわけだ、リッ君は」


 イザドラはそっと、ホークリスと視線を合わせた。


「それは、私のさっきの薄ら寒さとか、《薄ら寒かったのに、また》隣に平然と座らせてしまったりしたことに、関係あるのかな?」

「薄ら寒いってひでぇな、そりゃあよ、俺も惜敗した前年度チャンプを前にして平静でいられないし? そういうキというかオーラ的な? いやしかしあれだぜ、よかったぜ、うちの嫁がきてなくてよかったよほんと。一触即発だったね。というかディオが一方的に木っ端微塵だね。ミランダの奴ディオのことズタボロんなった捨て犬くらいにしかおもってねぇから」

「話をそらすな」


ちらり、と目を走らせれば、その男はそこにいる。

今度は当たり前のように空気と匂いを伴って、まるでさっきまで気配を感じなかったのが勘違いじゃないかと思うくらいに、当たり前の存在感と濃度で、そこにいる。

いよいよ、この男が不気味な、えたいの知れないもののようにしか、イザドラは思えなくなる。


「君は――どんな素性なんだ、なにをして、生きている」

「よくぞ聞いてくれた」


そういったホークリスは突然胸を張り、高々と杯を掲げた。


「王宮の守護を司り、至尊の血筋に侍うロイヤルナイトが員数外」


 ニヤリ、とホークリスは笑う。


「内宮名簿に綴られない、王国の暗部に花咲く仇花、盗賊騎士をやっているのさ」

「それはそれは」


わかった。

この男、まともにしゃべる気がないのだ。


「すごいな、それはあれだろう? 悪い貴族が美女に鎖をつけて、子供に見せられない遊びをしているところに乗り込むわけだ。君が屈強な護衛を斬り倒し貴族に止めを指すと美女の洗脳は解けてだな、そうして袖を引く美女をふりきって君ふたたび王都の深く昏い闇へと消えていくわけだ、きゃー、かっこいー」

「そうそう、よく知ってんじゃん、もしかしてどっかで俺の仕事見てた?」

「私は見たことがないがな、吟遊詩人とかに見られてるんじゃないのか。どこの町の広場でもきくぞ君の話は」

「へー、いやぁ、まいったなぁ、今以上にモテモテになっちまうじゃん。ミランダ大激怒だよアイツ浮気とか絶対許さねえんだもん」

「辟易と言うことばはこういうに使うんだな……」

「ヘキ☆エキ」

「いくら払ったら勘弁してくれるんだ? 出きる限りはするから交渉しようじゃないか」

「ごくごく自然にディオの財布を手に持ってるそこなお嬢さん、その中をみると可哀想で本当に可哀想でおもわず可哀想すぎて吐くからやめとけ」


マスターがとてもとても可哀想なものを見る視線をディオに向けた。


「まぁ、そういわずちょっと付き合いなよ、パイプ、吸っても?」

「かまわないよ」

「じゃ、遠慮しまして」


す、とホークリスは懐から銀の管を鳥だし、なれた手つきで先端に葉を詰めていく。キアズマか、あるいはもっと東の異国の細工物だろう。イザドラが町でちらほら見かけるパイプより細長く、微にいった鷹の意匠が胴に彫りこまれている。

横目にそれを見ながら、イザドラも杯を傾ける。


「煙草、ね。高いんだろう、それ」

「んー、ちょっくら昔なら高かったみたいだなぁ、海の向こうからえっちらおっちら運ばなきゃいけなくてよ。今時はそうでもないぜ、王都の近くに一大産地ができたからよ」

「本当に、この国にはなんでも揃っているんだな」

「北に山脈、東に平原、西には大森林が暗き口を開け、東に見えるは麗しきシリル湖のさざなみ、ってな」

「北方には、そんなのひとつもなかったよ」


目を細めて、カウンターの向こう側を見る。

北の方角。


「荒地と氷土の隙間に潜り込むように村を作る。撒いた麦の三割は芽吹かず、二割は途中で駄目になる。五割を取り合って山脈の向こう側で内輪揉めだ。――山脈のこちらがわで向こうを『北方』なんて一括りにしているのはな、上手いな、と私は感心した。民を纏める気概もなく、権勢を争う覇気もなく、ただ飢えぬがため凍えぬがために寄り添いながらいがみ合ういくつもの小国は、通う硬貨も違う癖してなるほど気質は皆一緒だ。ひとまとめにして、なにも困りはしない」

「それで、向こうに嫌気がさしてこっちに出稼ぎかな」


煙を吐きながらホークリスは聞いた。


「お姉さん、傭兵とか似合いそうだねぇ。結構稼いだんじゃないの?」

「いや、女の細腕じゃ戦場働きは無理さ。用心棒なんて嘯いて、隊商にくっついて西に東に、狼を追い散らすのが関の山だ。ショートソードを振り回すのも息切れするよ」

「へぇ。こう、頭に巻き布のなんか巻いてさ、美貌を隠して戦場の麗人なんて似合いそうだけど」

「そんな腕があったら、そうだな、それこそロイヤルナイトにでも志願しているよ」

「違いない」


クシシ、とホークリスは笑う。


「いくらでも出来るだろうなぁ。ありゃ言っちまえば良いナリに香水ふったチンピラ連中だもんよ」

「そんなに?」

「酷いのかって? そりゃあもう。だってな王都の一画にゃあ王家に連なる血筋がそりゃあもう傍流の傍流までいしょくたに詰め込まれてる『貴人街』なんてもんがありやがる。そこじゃあ猫も杓子も尊き血筋だ。そいつらの私兵も届け出がありゃあ『ロイヤルナイト』よ」

「『貴人街』というのは、普通に貴族の暮らす一画だとおもっていたが」

「王都じゃ有名な、冗談みたいな話さ。十とちょっと前の代にイヒェリム三世って王さまがいてよ、こいつが通称『博愛王』っつって……」


それから、小一時間も話しただろうか。

気がつけば酒は進み、マスターがいつのまにか差し出していた灰皿にも、ホークリスのパイプの灰が小さく山をなしていた。

イザドラの横では変わらず、ディオが寝息をたてている。


「ーーでよ、そこでミランダの奴言うんだよ。「それなら菜っ葉のサラダの方がましよ!」ってさ!」

「あー、すまない、話がわからなくなった。どういう話だっけ?」

「いや、だから、俺とディオが最初にあった時ってな、コイツの親父が奥さん浚ってかききえた時にな」

「それはさっき済ませた話じゃなかったっけ」

「だからよ、済ませけどわからなくなったんだろ。えーと、どこまで話したっけ。そうだよ、あの話をしてねぇよ。先月南通のクラックソンの婆さんが腰を痛めたときにな」

「クラックソンさんの名前ははじめて聞くなあ」

「あー? クラックソン婆さんの軟膏はなぁ、くっせぇけどきくんだぞオイ。バカになんねぇぞ。ほんと臭くってよ、直接嗅いだらバカんなっちまうくらいでな」

「たしかにそれはバカにできんな」

「……あー、ホーク、それに嬢ちゃん。酒場の勤めをしているもんから言うけどな、お前らそろそろ寝ろ」

「なんだよマスター邪魔しねぇでくれよー。いま良いとこでさぁ、ミランダがな、それで「それなら菜っ葉のサラダの方がマシよ!」ってな、言ったところまでな、言わないと閉まんないから、オチないから」

「酔いの覚める話をしてやる。ホーク、先月のツケだがな」

「おっと、いけない忘れていた。俺は身内がなにかやったといううから迎えに来たんだ。いけないいけない。すぐにつれて帰らないと」

「来週までに払え。じゃないとミランダんとこに伝票をまわす」

「大変だ。お酒を飲み過ぎたようだ、音が聞こえない。早く帰らないと」

「……ディオ坊も苦労してんだろうなぁ。親父がようやく消え失せたかと思ったら今度は新しいパーに付きまとわれてよ」

「ディオの周りはいつでも乱痴気さわぎの火種に満ちてるな」

「神父様曰、森には木、浜に砂、ロバの群れにはロバがいる、だそうだ」

「となるとさしずめ私はロバの群れのなか颯爽とたつ麗しの白馬か……」

「おう、群れにとてもよく馴染んでるぜ。お前さんもうこの町に住んじまえよ」


よっこいしょ、なんてじじくさい声をあげてホークリスが席をたつ。


「そんでよ、ディオに言い聞かせてくれや、こいつ俺がどんだけ友達だっていっても認めねぇし、商売の話にものって来ねぇんだもんよ。口説くの手伝ってくれや」

「残念ながら、私もとっくに袖にされてるのさ」

「おお、なおさら気が合いそうじゃねぇの」



***



「とにかく、考えといてくれや。ディオの操を二人で崩そうぜー」


とかなんとか、それ以外にもいろいろなことを良い連ねながら、ホークリスは出口の近くーーなんと今の今までまわりからほったらかしにされていた、あの可哀想な酔っぱらいのもとへ歩みより「ギム、お前あれほどディオにちょっかいだすなっていったろうが。なんど言ったらわっかんだよお前は。あれか? 肩の上にのってるのは実はカブかなんかか?」といったのを口きりに、散々にいいのめしながらも肩を貸して、去っていった。

相変わらず音をたてない真鍮の光が、ドアの上で、揺れた。


「で」


イザドラが口を開く。


「女と酒を飲んでおいて狸寝入りなんて、君は酷い男じゃないか」

「男と酒を飲んでおいて目移りなんてよ、お前ってデキた女だな」


むくり、とディオは体を起こした。

そのまま、ホークリスに見舞ったグーパンチの感触を確かめるように、手のひらをなんども、開いては、閉じる。


「どうだよ、街一番の伊達男との会話は楽しかったか?」

「そう妬くなよ。私の大事な(財布になってくれる)男は君だけさ」

「本音を隠すなよ、寂しいぜ」

「そう妬くなよ。私の大事な”財布になってくれる”男は君だけさ」

「メタな手法を使いこなすな!」

「大体な、楽しいわけ有るか」


じっと、イザドラはホークリスの去ったドアをにらんだ。



「探る男は、下品だ。嫌いだよ」




***


「あ、マスター、おかわり」

「え、あれ、なに、この空き瓶の、数、俺、酔って、あれか、ぶれて見えてそんなわけねぇよなオイふざけんなホントふざけんなよ!」











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