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 ほっぺたをパチンと叩く音が教室に響いた。

 皆なんの音だろうと一瞬こちらに意識を向けるが、直ぐに見なかったようにして目を背ける。

 今日もいつもの風景が繰り広げられている。そう思っただけだ。皆当たり前のように感じているだろう。

「なんであんたなんかが!」

 少しだけいつもより甲高い声で叫んでいるこの子たちはどうやら怒っているらしかった。叫び声が廊下にも響いている。通り過ぎる人が何事かと教室をのぞくが、やっぱりなにも見なかったかのように通り過ぎる。

 彼女たちはひとしきり叫んでほっぺたを叩くだけ叩くと、私を引っ張って人気のないところに連れていく。

「なんで、あんたが河野くんと一緒にいるのよ!」

 なるほど、この子たちがいつもより強く叫んでいるのは、昨日、私と河野くんが一緒にいるのを見たことが影響しているみたいだ。河野くんはやっぱり女子に人気なんだなと思った。

 私にはなんだかどうでもよく思えた。嫉妬という気持ちがよくわからなかったが、彼女たちはきっと嫉妬を覚えているだろうなと感じる。

 誰が誰を好きだとか、誰と誰が付き合っているとか、私には関係ない。どうでもいい。

 だから、ひとしきり叫べばおさまるだろうと私は思っていた。

 頭の中は昨日見た光景のことでいっぱいで、目の前のことに向かない。

 私が昨日見たものはいったい何だったのだろう。

 私が――聞いたであろうものは、何だったのだろう。


「…………」

 そこには昨日と同じように樹があるだけだった。

「あなたは大切なものを見てないわ」

 こう、私に話しかけてきている以外は――。

 昨日私が樹と対面したとき、こうやって樹が話しかけてきた。気のせいかと思ったが、心の中に響くように何度も何度も私の中に聞こえてくる。

 河野くんには聞こえてないみたいだったが、私はこの声に自分が丸裸にされているみたいで、聞きたくなくて逃げ出してしまった。

 気味が悪かった。樹がしゃべるなんてあるはずがない。それなのに、こうして今日もこの場所に足が向いていた。

 夕暮れに差し掛かった時間帯で、葉っぱの間から夕陽がほんのり差し込んできている。

 私は樹をそっとなでると、今でも聞こえてくる声に応えずにそっと座り込む。きっと幻聴だろう。そう思い込もうとする。

「あなたは、人のことを必要としている」

「…………」

「あなたは、本当の自分を見てない」

「………………」

 うるさい。うるさくて仕方ない。

 先ほどからひどいめまいもしてきた。

 おかしい。なにかがおかしい。

「あなたは――」

「うるさい!」

 何度も私に向かって話しかけてくる樹に向かって、思わず叫んでしまった。

「あなたに何がわかるの? 私は独りでいいの!」

 立ち上がると思いっきり樹を蹴りつけた。

 なんで、なんで。

 なんで、こんな樹に向かって大声を張り上げて、感情を表しているのだろう。

 自分じゃなくなってしまったかのようだ。


「いいえ、それがあなたの本心よ」

 樹は冷静な口調でそう言い放った。

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