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 私は、なんだかおかしくなってしまったのかと思った。しかし、とりあえずはこの場を逃げなければいけないと思った。何となくだが、河野くんといると自分が自分でなくなるような気がしてきて、彼の姿を視界に入れたくなかった。

「…………俺には無理かもしれないけど」

 彼の独り言なのか私に向けた言葉なのかわからない言葉に、私の足が止まってしまった。決して大きな声ではないのに、そこには力が宿っている。じっと見つめてくる強い視線を見つめることはできない。

「でも、今は遠野と一緒に行きたい場所があるんだ」

「……はあ?」

 私はそう言われて呆然としてしまった。幼馴染の言いたいことがよくわからなかった。ただ、河野くんは私の言葉を無視して、私の袖を掴むと歩き出す。思ったより強い力に私も渋々と足を動かす。

「ねえ、よくわかんないんだけど」

「…………」

「ねえってば」

 私の問いかけに何も返さないので、仕方なく一緒に歩を進める。無理やり逃げ出すことはできるだろうが、それも面倒に思えてきた。それに、今日は感情を出しすぎて疲れてしまっている。いつもの私じゃないなと思った。


 街をのんびりと見渡す。私が住んでいる街に違いはないが、ここに私がいてもいいのだろうかと頭に浮かんだ。この場所は私のいる場所ではないのではないか。私を拒否しているのではないか。そんな感じがしてきていた。

 自分には何にも無いなと思っていると、川が見えてきた。小さな頃、この川でおぼれそうになったことがあった。ちょっと身を乗り出してみたら、足を滑らせてしまったのだ。水が自分を包み込んで、このまま死んじゃうのかなと怖くなって暴れた。ますます水が襲かかりどうしようもできなくなった。

 幸いにも近くにいた大人たちが私をすぐに助け出したため、少し水を飲んだだけで済み死ぬことはなかった。そのときに死んでいたら、私はこの川をこうして見ることもなかったのだろうと思う。高校生になった今、川は本当に小さなものだと感じた。

 そんなことがあった川を抜け、その先にあった公園も通り過ぎた。確か、この先には何もない山が広がっていたはずだ。

「ちょっと、どこまで行くつもり?」

「……もうちょっと」

 私の質問にぼそっと答えて山が広がっている場所に足を踏み入れる。

 迷いなく進んでいる河野くんに、なんだか自分はいじめられているのではないかと思えてきた。そう思うと、ここまで私を引っ張ってきたのもわかる気がする。

 この先には人気のない場所が広がっているため、何をしようと自由だ。つまりは、そういうことなのかもしれない。

 まあ、それでも私は構わなかった。結局怒ったり問いかけたり心配されたり、私はされる必要もない存在だったってだけ。そう思うと妙に安心感が心を満たしていた。

 ただ、ほんの少しだけ、嫌だなという気持ちもあったが。


「…………ほら、ついたよ」

「………………」

 そんな私の考えとは違って、何もない場所に連れてこられたわけではなかった。

 そこには大きな樹があった。周りにも小さな樹が植えられているが、この樹だけ別物のような、何か違うような感じがする。

「俺には、遠野が何を思っているのか正直言ってわかんない。けど、この場所なら、何か……うまくは言えないけど、変わるかもしれないかって。これしか今の俺には――」

「――よくわかんない」

 彼の言葉をさえぎって私は呟いていた。樹から目が離せなかった。

「……ごめん」

 河野くんは自分に向けられた言葉だと思ったのか謝っていたが、私は目をぎゅっとつぶると逃げ出した。


 この樹は――この樹はなんなのだ。

 河野くんが何か言っている気がしたが、聞かないようにして私は一目散に走って家に戻った。

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