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 初めて上手良子という女の子と話したのは、高二のゴールデンウィークだった。


 当時の僕は、荒れていた。

 急に髪を染めるとか、夜の校舎窓ガラス壊して回るとか、そういう類の荒れ方ではなかったけれど。

 学校では、授業は全部寝て、同じクラスの生徒とはろくに会話せず。

 休日は、青柳モールという地元で一番大きなショッピングモールのゲームセンターで、ひたすら一日中メダルゲームをしていた。

 別に、メダルゲームが好きな訳ではなかった。ただ、ゲームをしている間は、僕をとりまく現実の状況を忘れることができた。それが重要だった。

 ゴールデンウィークだというのに、家族や友達と遊びに行ったりせず、ひたすら一人で、暇すぎて他にすることがない老人たちと並んで、メダルゲームへ興じていた。


 夜になり、そろそろ家に帰ろう、と席を立った時、クレーンゲームの台の前で、ショーケースの中身とにらめっこしている女子を見つけた。

 それが上手さんだった。

 僕と同じ県立青柳高校の制服を着ていたので、すぐにわかった。彼女は僕と同じクラスで、皆を引っ張るクラス委員長の役割をしていたから、基本、没交渉な僕でも覚えていたのだ。

 もちろん、春休みから今に至るまで闇落ちしている僕にとっては、無縁な存在だった。

 しかし、優等生の上手さんが、こんな時間にゲーセンで何してるんだろう。

 少し気になって、僕は遠くから上手さんの様子を観察していた。

 上手さんは悩ましい顔で考え、いろいろな角度から景品を観察し、いざ勇気を出してお金を入れ、失敗して、肩を落としていた。

 僕には関係ないことだ――と、最初は考えていたが、多分クレーンゲームには全然慣れていないのだろう。成功する見込みがなさそうだった。

 ちょっと可愛そうに思えてきたので、僕は声をかけることにした。


「……上手、さん?」

「ひゃっ!?」


 上手さんは僕の顔を見て、とても驚いていた。

 声をかけるだけで女子に引かれるほどの陰キャラまで堕ちてしまっていたか、と僕は少し悲しくなった。やっぱ帰ろうかな、と思った。

 でもよく見ると、上手さんは引いているというより、見つかったことに驚いているだけで、敵意はなさそうだった。


「あなたは……同じクラスの南條雄偉くん?」

「そうだけど」

「ここで遊んでたんだ、はは、き、奇遇だね」


 優等生だから、こんな時間にクラスメイトと会ってしまったことが恥ずかしいのだろうか。

 上手さんが狙っていた景品を見てみると、大きな三角形の、ひよこのようなぬいぐるみだった。クレーンのアームも大きい、一回のプレイで二百円かかるタイプだ。


「それ、取れないんだ?」

「うーん。何回やっても上手くいかないんだよね。こんな細いクレーンの腕で、つかむの無理なのかなって思いはじめた」

「うーむ」


 僕はぬいぐるみの位置をよく確認した。上手さんのプレイで若干動いているが、悪くはない位置だ。


「やってみるよ」

「えっ?」


 僕はお金を入れ、スティックに手を置いた。

 ぬいぐるみの直上までクレーンを移動させたところで、一度周囲を見回し、店員がいないか確認した。


「この手は使いたくなかったが――」


 僕はぬいぐるみの上でスティックをガチャガチャと動かし、クレーンを不規則に揺らした。


「えっ、何それ?」

「静かにしてて」


 クレーンが勢いよく揺れたところで、ボタンを押し、アームを降下させる。

 するとクレーンは若干揺れたままぬいぐるみに当たり、アームがするり、とぬいぐるみを包みこむようにフィットする。

 そしてクレーンはしっかりとぬいぐるみを掴み、難なく持ち上げた。


「ええーっ! 簡単に持ち上がっちゃった!」

「このテクニック、お店によっては怒られるから、あんまり使わない方がいいよ」

「そ、そうなの、詳しいんだね」


 ぼとん、と取り出し口に落ちてきたぬいぐるみを、僕は上手さんに渡した。


「はい、これ」

「えっ、いいの!?」

「まあ、僕が欲しかった訳じゃないし」

「ちょっと待って! タダだと申し訳ないよ、えっと、これ!」


 上手さんは、千円札を渡してきた。

 ちらっと見えてしまったのだが、財布の中にある最後の千円札だった。多分、クレーンゲームで使い切ってしまったのだろう。僕が使ったのは、二百円だけなのだが。


「お金はいいよ。別に、ゲーム一回するのと同じだし」

「そんな。せっかく取ってもらったんだから、受け取ってよ」

「上手さん、これ取るためにけっこうお金使ってるでしょ? 帰りの電車とかどうするの」

「う……」

「僕はよくゲーセンで遊んでるし、大したことないから。なんか、すごく真剣にやってたし、このぬいぐるみが欲しかったんでしょ? だったら別に、僕がもらうより上手さんが大事にしてくれた方がいいよ」

「……ありがとう。でもお礼はまた別の機会にするね。同じクラスだからまた話せるよね」

「まあ。でも僕は本当に気にしてないから。逆に高価なお礼とかされても困る」

「じゃあ、南條くんが喜んでくれるお礼、考えとくよ! 今日はもう遅いから、またね!」


 上手さんはぬいぐるみをとても大事そうに抱えて、ゲームセンターから去っていった。

 僕は、上手さんがお礼を渡そうと必死になっていたことが、どうも気がかりだった。ああいう明るい、クラスでも目立つタイプの女子なら「ありがとー!」とか言って、何のためらいもなく受け取りそうなものだと、勝手に想像していた。

 クラスでは目立たない、仲良くしてもなんの得もなさそうな陰キャラの僕なんかへ、あんな風に仁義を切ろうとするなんて。変な女子だな。

 そんなことを考えながら、その日は僕もまっすぐ家へ戻ったのだった。

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