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幼き日の記憶

小五の夏休み、母方の実家がある香川県に帰省していた時の話だ。

香川県と聞いて何を思い浮かべる?うどん?ため池?うん、正解。本当にそれしか印象がない。


別に観光地が少ないとか訳じゃない。魚類は美味しいし、探せばうどん屋以外の飯屋も見つかるしな。

それに祖母の家がある坂出市は特に自然に溢れる街並みだった。家の周りは広々とした田んぼで近くのコンビニにも山道を幾らか歩かないと行けないくらいだ。


そんな田舎では俺もすることが無く、目的もなく散策することが多かった。

その日もカラッと晴れた青空の元、いつもの様に散策しようと家を出た。

なにか特別な事があったと言えば、その日は珍しく妹のゆうが着いてきていた事だ。


俺は慣れた足取りで山道を進むが、妹はあまり山に入らないのもあって足を取られながらも必死に着いてきていた。


「きゃっ!」

「大丈夫か?別に着いてこなくても良かったんだぞ?」

「や!お兄ともっと一緒に居たいの!」

「…そっか。………ほら、危ないから手、貸せ?」

「うん!」


こんな会話があったのを鮮明に覚えている。

妹は本当に表裏がないと言うか、真っ直ぐな子だったし、素直に懐こうとしてくれてるのは嬉しかった。

俺も引け目は感じてたけど侑の事が嫌いだったわけじゃない。寧ろ好きだし、もっと仲良く遊びたい気もしていた。


ただ、それが出来なかったんだよ。

自分のせいで元の生まれ故郷を追い出された事もあったし、俺と一緒に居ることで今後どんな影響が出るか分かったもんじゃない。


そんな悲しい轍は二度と踏ませない。

幼い頃の俺の行動理念はこれが全てだった。




暫く歩いていると俺達は小さな沢に出た。

流れる水のせせらぎと夏でもひんやりと涼しい風が頬を撫でる感覚。

俺はここに来ると日頃の悩みから解放されるようで好きだった。


侑も沢を見るのが初めてだからか、とてとてと駆け寄っては水を掬ってパシャっと顔にかけてはえへへとこちらを向いて無邪気な笑顔を見せる。

俺がずぶ濡れの侑の顔と手をハンカチで拭いて上げた所だ。


「きゃあああ!!」


突如森の中に幼い少女の絶叫が響き渡る。

思わず侑を抱き寄せると侑も怯えた表情で俺にしがみついてくる。


その頃には結構な霊感が宿っていた俺にはその悲鳴がなにかこの世の者でないモノが起因してるのは直感で感じていた。

夏だと言うのに冷や汗が吹き出して、鳥肌が逆立っているのが分かる。侑を抱きしめる手にも無意識に力が入る。


「お、お兄…?あ、アレ…何?」

「だ、大丈夫だ。兄ちゃんが居るからな。絶対離れるなよ?」

「う、うんっ…!」


侑が指さして来た方向を見た俺は平静を装うのが精一杯だった。

俺と同い年くらいの白いワンピースを着た女の子が死にものぐるいで走ってくる後ろに明らかに普通ではないソレが追いかけてきていたのだから。


ソレは少女のような形をしたと思えば大人の男になって見せたりと輪郭を変えている。

しかもソレが人と断定出来ないのは全てが漆黒に染まっていたからだ。一切の光をも通さない黒。完全な闇がその物体を染め上げていた。


しかも今侑は「……アレ…何?」と言ってきた。誰?では無く何?と、最悪な事に侑にも霊感が宿っているのかもしれない。


侑の頭を胸に抱き抱えて、アレを直視出来ないように庇うと俺も逃げようとするが、侑を庇いながら走った所でこの山の中では絶対逃げきれない。


「た、助けて!!」


追われている少女が涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらこちらに駆け寄ってくる。

どうするどうするどうする!

俺はその時お姉ちゃんの記憶を最大限精査して今この状況に対処出来る物はないかと探し回った。


『ちょっと目を離した隙にえらいことになってるねぇ』

「姉ちゃん!?今まで何してたんだよ!」

『いやーごめんね?私だって就寝は必要なんだよ』

「そんな呑気な!」


俺は侑が居るのも忘れて脳内のお姉ちゃんの声に対して大声を上げて会話していた。


『侑ちゃんをちゃんと守ろうとした正尚に力を貸してあげよう』

「何でもいいから貸してくれ!頼む!」

『いいよいいよ〜?じゃあ私の意識に集中して身体を動かしてね?』


少女が俺の元に来たと同時に転んでしまったので、それを庇うように立つと、お姉ちゃんから伝えられる意識に身を任せて身体を動かした。


刻一刻と迫ってくるソレ。

つま先を使って地面に円を描き、即席の魔法陣?を書き上げていく俺の体。

そしてソレとの距離が残り数メートルの位置まで近づいた時だった。


「○○○○、○○!!」


生まれてから人前では話さないようにしていた異世界の言葉を俺の口が叫んでいた。

刹那俺達を取り囲むように気流が生まれ、ソレは足を止めた。

その時感じたのはその気流がまるで姉が弟の頭を撫でるように優しく感じたのだ。


『良くやったね。偉いよ正尚。後はお姉ちゃんに任せて』

「お姉ちゃ…?」


俺の意識はそこで刈り取られた様に失ってしまった。




目を覚ますと俺達三人は祖母の家で寝かされていた。


「はっ!?え、家!?」

「……うん、お兄…」


絶対に離さない様に両手でキュッと俺の左手を握ったまま眠っている侑の顔を見て俺は跳ね上がる動悸を落ち着けた。

良かった。本当に良かったと思った。

侑に何かあったらと思うと胸が張り裂けそうだ。

侑の頬を撫でるとぷにっとしたモチモチの柔肌が指先から伝わってくる。そして、こそばゆそうに微笑む侑に思わず頬が緩んでしまう。


「起き…ました?」

「!?」


俺はビクッと跳ね上がって振り返ると件の少女が眠い目を擦りながら起き上がっていた。


「今回はその、ありがとうございました!」


年齢にそぐわないくらい丁寧な話し方だと思った。

黒く艶のある髪の毛は腰の辺りまで伸ばしていて、サラサラなのが見て取れる。前髪も長く、片目は隠れてしまっているが、タンザナイトの宝石の様にバイオレットブルーの綺麗な瞳は多分この先絶対に忘れられないと確信するほど美しく惹き込まれる物だった。

すす汚れた白いワンピースと華奢で折れてしまいそうな細い体も相まって気弱な印象を受けるが、本当に優しいんだろうなと言うのが表情からも感じ取れた。


「お、正尚起きたか?」

「ばあちゃん?」


俺が起きたのを察したのかばあちゃんが襖を開けて入ってきた。

それを見てすかさずお辞儀する少女に俺は少し見蕩れていたのを覚えている。


「お前たち本当に無事で何よりだよ。ささらちゃんだったよね、身体に異常はない?」

「は、はい!助けていた…いた…いて…」


ささらと呼ばれた少女は安心したのか、それとも我慢していたのが限界が来たのか大粒の涙を流してしまう。

小さく細い肩をプルプルと震わせて泣くその少女が何故かとても愛おしく感じて、俺は無意識で少女の手を取って慰めようとしていた。

少女が驚いた様に目を丸くし、それにつられて涙も止まる。嫌、驚いたのは俺も同じだけどな!?何で急に女の子の手掴んでんの?


まぁ引くに引けないし俺は慌てて慰めの言葉をかけるが、カッコ悪くどもってしまう。

こんな事なら姉ちゃん以外の人とちゃんと話しとくんだった…。


「あ、ありがとう。ちょっと楽になったっ」

「そ、そう…」


少女が年相応の笑顔を見せてくれたのが妙に照れ臭くて、俺はつい素っ気ない態度をとってしまった。


「気を失った正尚をささらちゃんと侑ちゃんが協力して運んで山道を抜けてくれたんだよ。感謝しなね?」

「そうだったのか!?」

「あ、うん。あの後アレが何かと激しくぶつかり合ってどっか行っちゃったから。侑ちゃんと協力して人を呼べる所まで…」

「迷惑、かけちゃってごめん。ありがとう」

「ううん!元はと言えば私のせいだもん!」


寝こけている侑の体を見ると所々擦りむけていた。

必死こいて俺を運んでくれたに違いない。こんな小さい身体で無理させてごめんな。

俺は侑のサラサラの黒髪を梳いてやると気持ち良さそうに喉を鳴らして見せた。


「それで、だね…。どこから説明したもんか」


ばあちゃんは数分悩んだ後昔を思い出すようにぽつりぽつりと語り出した。


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