第8話 甘えたい
「ねぇ、やっぱり狭くない?」
「えー、あたしのベッドが小さいって言いたいの?」
「あ、いや、そういうわけじゃないけど……」
「じゃあいいじゃん」
あたしは渚の方を向いて寝転ぶ。
渚も渋々というか仕方なくというか、そんな様子でゆっくりとあたしの隣で横になった。
あたしのベッドは狭いらしいから、お風呂の時みたく……いや、お風呂の時より密着している状態だ。
それにいつもと違うシャンプーを使っているはずなのに、なぜか隣に居る彼女の匂いがとても心地よくて落ち着く。
あたしがいつも使っているものと同じ匂いのはずなのに、なぜかその匂いの渚が落ち着くのだ。
あたしがいつも使っているものだからこそなのだろうか。
自分と同じ匂いになった渚に安心しているのかもしれない。
これなら、だれかに取られる心配もないし、あたしと匂いが同じということで「もしかして……?」となる人もいるかもしれない。
「ねぇ、渚」
「ん~?」
「今日は色々とごめんね。せっかくデートしよって言ってくれたのに」
「あー……まあでも、花恋ちゃんならぶち壊しそうだなって思ってたから大丈夫だよ」
「それ大丈夫って言えるの!?」
「うん、言えるよ」
そう言うと、渚はぎゅっとあたしを抱きしめる。
急に抱きつかれたからびっくりしたけれど、あたしも負けじと彼女を抱き締め返した。
お互いに強く抱きつくことで、お互いの存在を確かめ合うように身を寄せ合った。
そのまま目を閉じれば、意識はすぐに眠りへと誘われていった――
そして、朝起きたら目の前には天使……ではなくて、渚の顔があった。
一瞬びっくりして、それから昨日のことを思い出して少し恥ずかしくなる。
あたしたちには空白の中学時代がある。
と言っても、一〜二年くらいだけど。
しかも、今の渚は寮生活だから、こうして一緒に過ごせること自体も少ない。
だからそれもあって、こういうちょっとしたことでも少しドキドキしてしまう。
あ、そういえば寮生活で思い出した。
「渚、そういえば無断外泊になったと思うんだけど大丈夫?」
「平気だよ。昨日花恋ちゃんが部屋にこもった時に連絡しといたから」
「えっ!?」
渚は寝ていると思っていたから、完全に油断していた。
まさか起きてて話を聞かれているなんて……いやでも、聞かれた方がいい内容か。
「それよりも花恋ちゃん、まだ眠いでしょ? もう少し寝よう?」
「う、うん……」
「ほら、おいで?」
「ん……」
話を聞かれていたことに戸惑ったけど、気にしないことにした。
寝起きだからか、渚の様子がいつもと違うことにも困惑したけど気にしない。
あたしも寝起きだから、頭が回っていない。
渚に甘えるように、あたしはもう一度目を閉じた。
「渚、寝た?」
「もう寝たよー」
「起きてるじゃん」
「へへ、起きてないよー」
渚は寝起きだとこんなにふにゃふにゃでだらしなくなるのか。
こうして、ずっと一緒にいる彼女の知らなかった一面を知れる時が一番幸せだ。
あ、いや、渚をいじめてる時が一番かもしれない。
「ところでさ、どうしてあたしのこと好きになったの?」
「今更それ聞く?」
「だって、今まで聞いたことない気がして」
「あー、確かにそうかもね。うーん……私は……初めて会った時から花恋ちゃんに運命感じてたかなー」
「えー、なにそれー。めっちゃキザじゃん」
渚の言葉を聞いて嬉しく思う反面、複雑な気持ちになる。
彼女はあたしと初めて出会った時から運命を感じたと言った。
それはつまり、一目惚れということだと推測できる。
もし最初に出会ったのがあたしじゃなければ、幼なじみじゃなければ、渚はあたしのことを好きになってくれただろうか。
渚は優しいから、好きな人がいなければきっとあたしの告白にOKと答えてくれるだろう。
でも、もしその前に他に好きな人ができていたら……
そんなことを考えても仕方がないけど、どうしても考えてしまう。
……ん? というかちょっと待って。
初めて会った時って言ったら、家が近いから母親たちが顔を合わせることもあるかもしれないから、下手したら赤ちゃんの時になってしまうかもしれない。
お母さんに聞いたことがあるけど、幼稚園に入る前には既に知り合いだったことが判明している。
「ね、ねぇ、渚。ほんとに初めて会った時に」
「すぅー……すぅー……」
「あ、ね、寝てる……?」
あたしが考え込んでいるうちに、いつの間にか寝てしまったらしい。
渚の寝顔を見ていたら、こんなことを考えている自分がバカらしくなってきて、渚に抱きついたまま一緒に二度寝することにした。