妹視点の話
私は、お姉ちゃんが大好きだった。
過去形なのは、私の想いが叶わなかったから。
だけど、悔いてはいない。
お姉ちゃんは私のことを妹として愛してくれていたし、今も変わらず想ってくれているのも知っているから。
その愛情を私だけに向けて欲しかった時期もある。
ずっとずっと、私のお姉ちゃんのまわりをうろつく〝黒衣花恋〟が許せなかった。
私のお姉ちゃんを惑わした悪い人。
私のお姉ちゃんの愛情を独り占めしている嫌な人。
そう思っていた時期もあったけれど、今ならわかる。
あの人は、ただ純粋にお姉ちゃんのことが好きなんだって。
だからといって、許せるわけじゃないけど。
「……でも、今はちょっと……信用してる、かな」
だって、お姉ちゃん本人が選んだ相手だもん。
お姉ちゃんが幸せになれる相手なら、きっと大丈夫だと思う。
私がこんな考え方を出来たのは、間違いなくあの時の年末詣の時だ。
『わ、私やっぱ帰るっ!』
今思えば、花恋さんだけでなくお姉ちゃんにも失礼だったと反省している。
私がお姉ちゃんの恋人の花恋さんといたくなくて、わがままを言って一人で駆け出してしまった。
『待って!』
追いかけてきたお姉ちゃんに捕まった瞬間、私の中でなにかが変わった気がする。
お姉ちゃんの手を振りほどいて逃げ出したい気持ちが消えたわけではない。
でも、そんなことをしてもなんの意味もないと思ったのだ。
だって、それは逃げでしかない。
自分から逃げたら、また前と同じことを繰り返すことになる。
それに気づいた時、私はようやくお姉ちゃんの顔を見ることが出来た。
お姉ちゃんの顔を見たら安心して泣き出した私を、優しく抱きしめてくれたお姉ちゃん。
その時のお姉ちゃんの表情を見て、私は思った。
――あぁ、やっぱりこの人が好きだ。
そして同時に、自分がいかに幼かったのかと思い知った。
自分の気持ちばかり押し付けて、お姉ちゃんのことなんて全然考えていなかった。
あんなに大切にしてくれたお姉ちゃんのことを、信じ切れなかった自分が情けない。
もっと早く気づけばよかった。
そうしたら、きっとこんなに苦しむこともなかったのに。
『ごめん、ごめんね。私……あなたが私のことを好きなのを知ってた。知ってて、どうすればいいかわからなくて、ずっと気づかないフリをしてきた』
『お姉ちゃん……』
『もう遅いかもしれないけど……これからはちゃんと向き合うよ。今まで逃げてきて本当にごめんなさい。あなたを傷つけたこと、謝らせて』
『ううん、傷ついてなんかいない! 私こそごめんなさい……っ!』
あの日の出来事がなければ、私は今でも花恋さんへの嫉妬心を抱えながら生きていたと思う。
だけど、あれがあったから今の私がいるんだ。
「……よし!」
いつまでも引きずっていたらダメだよね。
私はもう中学生なんだし、大人になる努力をしなくちゃいけない。
「頑張れ、私」
いつか来るであろう未来のためにも。
だって、私はお姉ちゃんに言ってもらえたから。
――ちゃんと向き合うって。
「……」
ふっと目を覚ますと、そこは見慣れた天井だった。
カーテン越しに差し込む光はまだ明るい。夕方までまだ時間があるだろう。
「ん……」
ぼーっとした頭のまま起き上がると、身体が重いことに気づく。
寝汗をかいているせいなのか、妙な不快感を感じつつベッドから出て洗面所へ向かうことにした。
「……喉乾いたかも」
水を飲みたい気分だったのでリビングに行くと、ソファの上でだれかが眠っていることに気づいた。
一瞬ぎょっとなったが、すぐに誰だかわかった。
この特徴的な真っ赤な髪は、間違いなく花恋さんだ。
「……あ、そっか」
今日は土曜日だから彼女は家に来ていて、そのまま泊まって行ったんだった。
昨夜、お風呂に入って部屋に戻ったあとの記憶がない。
恐らく花恋さんと話し込んで、その後疲れ果てて眠ってしまったのだろう。
花恋さんはクッションを抱き枕にしてすやすやと心地良さそうに眠っていて、とても可愛いらしい。
このまま眺めていたいところだが、そういうわけにはいかない。
まずは写真撮影をしないと。
私は自分でも下卑た笑顔を浮かべているのがわかった。
カシャッとスマホで写真を撮ると、シャッター音に反応した花恋さんがゆっくりと目を開ける。
「おはようございます、花恋さん」
「……ん、あ、妹ちゃん? おはよぉ……」
「相変わらず名前覚える気ないんですね」
花恋さんは眠そうに瞼を擦りながらも、私の挨拶に答えてくれる。
まだ半分夢の中にいるようで、ぼんやりとした様子だ。
私は彼女の隣に座って、顔を覗き込んだ。
「花恋さん、今何時だと思います?」
「えぇ~……うぅん……午後1時くらいぃ……?」
「そんなわけないでしょ! まだ朝ですよ! ……まあ、今は10時ですけど」
私が突っ込みを入れると、花恋さんは驚いたようにぱちりと瞬きをした。
それから少しして、ようやく頭がはっきりしてきたのか徐々に覚醒していく。
すると、花恋さんはみるみると顔色を変えて飛び起きた。
「やばい! もうすぐお昼じゃん!」
「まあ、そうですね。朝ごはん一緒に作ります? 昼ごはんにもなりそうな時間帯ですけど」
「そうだね、作るよ! あたしも手伝う!」
花恋さんは急いで立ち上がり、キッチンの方へ駆けていく。
その背中を見つめながら、私は密かに笑みをこぼした。
「ほんとわかりやすい人だなぁ……」
きっと花恋さんは自分の作ったものを、お姉ちゃんに食べてもらいたいのだろう。
お姉ちゃんに美味しいって言ってもらいたくて、一生懸命料理をしているに違いない。
そんな健気な姿を見ると、微笑ましく思ってしまう。
私は立ち上がって、花恋さんの後を追うことにした。
「花恋さん、卵焼きの味付けどうします?」
「甘い方がいいかなぁ」
「わかりました」
お姉ちゃんに喜んでもらうために、協力するよ。
私もお姉ちゃんの喜ぶ顔が見たいから。
――お姉ちゃん、花恋さんとお幸せにね。
「うわー……雨降ってきた」
花恋さんと一緒に朝食兼昼食を作り終え、二人でダイニングテーブルを囲んで食事をしている最中のこと。
窓の外を見て思わず声を上げると、花恋さんは箸を止めてこちらを見た。
「あ、ほんとだ。天気予報では晴れだったのにね」
「てか、そろそろお姉ちゃんも起きてきていいような気がしますけど……」
「うーん、確かに」
お姉ちゃんはまだ寝室にいるみたいだけど、一体いつまで寝てるんだろう……
ご飯出来たよって起こしに行った方が良いだろうか。
「あの、私ちょっとお姉ちゃんの様子見てきます」
「いや、いいよ。あたしが行く」
「でも……」
「任せて」
花恋さんはニコッと笑って立ち上がると、そのままリビングを出ていく。
どこか嫌な予感がするのは私だけだろうか。
昨日お姉ちゃんに変なことしてないよね?
もし花恋さんの行動が前よりエスカレートしていたら、私は彼女を家から追い出さないといけない。
そうならないよう願っていると、程なくして花恋さんが戻ってきたのだが……
「え、ど、どうして!?」
なぜかお姉ちゃんが花恋さんにもたれかかっているのだった。
「お、お姉ちゃん?」
「……心配かけてごめんね。ちょっと貧血気味でクラクラしてて」
「それ絶対花恋さんのせいじゃん……」
「うん、そうだよ」
悪びれもなく答える花恋さんに、私は呆れてしまった。
だけど、そんな花恋さんはお姉ちゃんの肩を支えつつ、優しく話しかけている。
「渚、昨日はやりすぎちゃってごめん。ちょっと血もらいすぎたね」
「いや、いいんだよ……許可したの私なんだし……」
「でもつらかったでしょ? 身体痛くない?」
「それは大丈夫……」
花恋さんの言葉に、お姉ちゃんは照れたように頬を染める。
……なんでこの二人は私がいるのにこんなイチャイチャできるんだろう。
二人だけの世界が出来上がっている。
私は花恋さんを押し退けるようにして、お姉ちゃんに食卓を見せた。
「ほら、お姉ちゃん。ご飯出来てるよ」
「あ、ありがと……おいしそうだね……」
「花恋さんが作ったんですよ。ね、花恋さん」
「う、うん! そうだよ、渚!」
ほんとは二人で作ったのだけど、それは内緒にしておく。
お姉ちゃんは嬉しそうな笑顔を浮かべると、席について食事を始めた。
「おいしい……! 花恋ちゃんって料理上手だったんだね」
「そんなことないよー。普通だって」
「謙遜しないでよ。あなたもそう思うでしょ?」
「うん、花恋さんの料理美味しいよ」
私が素直に伝えると、花恋さんは顔を赤くして俯いた。
お姉ちゃんの前で褒められて恥ずかしいんだろう。
そんな上機嫌のまま「妹ちゃんの好きなもの買ってきてあげるねー!」と言って、雨の中買い物に出かけた。
そんな彼女に苦笑いしつつ見送って、私はお姉ちゃんに向き合う。
「花恋さん、めちゃくちゃパワフルな人ですね……」
「あははっ、前からこんな感じだよね」
お姉ちゃんはひとしきり笑ったあと、急に表情を曇らせた。
「ごめんね。また傷つけちゃったね」
「なんのこと?」
もしかして、さっきのイチャイチャを見せつけてきたことだろうか。
それなら別にそこまで傷ついてもないけど。
「……料理作ってくれたの、花恋ちゃんだけじゃないよね?」
「え? ……あ、うん」
私の返事に、お姉ちゃんは申し訳なさそうな様子を見せる。
「ごめんね、気を遣わせて……」
「ううん、全然平気だよ」
だってこれは、私が好きでやったことなのだから。
花恋さんのことを信用していて、お姉ちゃんのことが大好きで、ただ二人の関係になるべく入らないようにと思っての行動だったのだから。
「そっか……違うよね。私、ほんとになにもわかってなかった」
「え?」
「――ありがとう、〇〇」
「っ……!」
今のお姉ちゃんの言葉と昔のお姉ちゃんの言葉が重なる。
――ありがとう。私を、好きでいてくれて。
私が聞きたかったのは、「ごめん」でも「好き」でもなかったのかもしれない。
ただ「ありがとう」と言って欲しかっただけなのだ。
「ふふっ、お姉ちゃんってほんと鋭いよねー」
「まあね。ずっと一緒にいるんだし」
「それもそっか」
私たちは、今でも普通の姉妹を続けている。




