第46話 血はいらない?
瞬く間に放課後になり、あたしはいつも通り教室で渚を待つ。
人がいなくならないと、渚はあたしを迎えに来ない。
あまり学校の人たちに二人でいるところを見られたくないのだ。
「お待たせ」
「あ、渚」
そうして現れたのが、あたしの大好きな彼女。
「今日も一緒に帰ろうか」
「うんっ!」
こうして二人きりになれる時間は本当に幸せだ。
ずっとこの時間が続けばいいのに……なんて思うけど、残念ながらそういうわけにもいかない。
渚は寮住まいだから、校舎から寮までの短い距離までしか一緒に行動できない。
だけどそのわずかな時間でも、あたしにとってはかけがえのないものだ。
「ねぇ、話聞きたいって言ってたけど、どんな話聞きたい?」
「うーん、そうだなぁ……今日の朝楽しそうだったことについてとか」
「えー? 別にたいしたことじゃないよ?」
今朝の一件については、本当にたいしたことじゃない。
昨日はじめて馬に乗って、その時にお世話になった人に偶然出会っただけなのだから。
あたしたちが学校を出る頃になってから、急に曇り始めた。
空を覆いつくす分厚い雲のせいで辺りは既に薄暗く、まるで夜のようだ。
そんな中、あたしたちはいつものように手を繋いで歩き出す。
「雨降らないといいね」
「うん。でも、天気予報では大丈夫だって言ってたよ」
「そっか……あのさ、花恋ちゃん」
ふいに名前を呼ばれて顔を上げると、真剣な表情をした渚の顔があった。
どうしたんだろうと首を傾げると、彼女は繋いだ手に少し力を込めてくる。
「どうしたの?」
「……あのさ、もしかして私のこと嫌いになった?」
「……はぁ!?」
なにを言い出すのかと思ったら、いきなりとんでもないことを聞いてきた!
「嫌いになる理由がないじゃん」
「だって……最近全然私の血を欲しがらなくなったし、私と一緒にいてもつまらなくなったんじゃないかなって思って……」
「そんなわけないよ! あたしはいつだって渚が一番だよ!」
どうしてそんな風に思われてしまったのかわからず、つい声を大きくしてしまった。
学校に残っている生徒たちが何人か窓からこちらを見てきたけれど、構わず言葉を続ける。
「あたしは渚のこと大好きだし、これからもずっと一緒だよ! 嫌いになるなんてありえないよ! どうしちゃったの、渚!」
必死になって彼女の不安を取り除こうとしたけど、逆に渚は涙目になってしまった。
こんなことで泣かせるつもりはなかったのに……
泣きそうな顔をしている彼女を見ているうちに胸が苦しくなってきた。
思わずぎゅっと抱きしめると、彼女がビクッとする。
それでも放さない。
「ごめんね、あたしが血を吸わなかっただけで不安になると思わなくて……でも本当に渚が一番なんだ」
「……本当?」
「うん。一番好き。大好きだよ」
「じゃあなんで……血を吸ってくれなくなったの?」
今この時だけ、渚とあたしの立場が逆になっている気がする。
いつも不安になるのはあたしの方で、いつも渚がそのたびに安心させてくれた。
今まで何度も彼女に救われていたからこそ、今度はあたしが彼女を救う番だ。
だから安心させてあげないといけない。
大丈夫だと伝えないと……
「ごめん渚。ちょっと痛いかも。それでもいい?」
「え?」
きょとんとしている渚の手首を掴み、あたしは思いっきり歯……ではなくカッターを突き刺す。
「んっ……!」
ズブッと深く突き刺し、流れ出た血液を吸い上げる。
久々だったので加減がわからなかったけど、なんとか上手くいったみたいだ。
貧血にならないように気をつけつつ、ある程度血をいただいたら傷口から口を離した。
痛みがあるだろうに、渚はなにも言わずにじっとしていた。
「これでわかった? あたしにとって渚が一番だってことが」
「……」
無言のままコクコクと小さく首を振る彼女は、あたしに抱きついて肩口に顔を埋めた。
そのまま動かなくなってしまったので、あたしは黙って渚の頭を撫で続けたのだった。




