第49話 あの日の横断歩道で
こんにちは。
頭の中の物語を文字にしてみます。
ラストにたどり着けるように、不定期ですが更新したいと思っています。
よろしくお願いします。
~2013年5月20日~
「今夜あたりが山かも知れません」
千紘は昼間、往診に来た先生の言葉を思い出していた。
マサくんは昨夜から容態が悪化し、意識は朦朧とする状態が続いていた。
先生の言葉に、おばさんは泣き崩れ、おじさんは茫然と立ち尽くしていた。
千紘は両親と共に後ろの壁際に立ち、静かに床を見つめていた。
千紘はマサくんの両親に、今夜はマサくんの側にいさせてもらえるように頼んだ。
「時々様子を見に来るけど……何かあったらすぐに下の階に声をかけてね。ありがとうね」
おばさんは泣き声でそう言いながらリビングに降りて行った。
リビングの柱に掛かっている古いボンボン時計が、ジーッというゼンマイの音と共に8回鐘を鳴らした。
「……もう少し、もう少しだけ頑張って……」
千紘はマサくんの手を握りながら小さくつぶやいた。
――今日を乗り切れば、マサくんは助かる
千紘は漠然とそう思っていた。
その考えが正しいのかはわからない。
それでも、そんな小さな希望に縋すがりつくしか今の千紘にできる事はなかった。
◆
おじさんとおばさんは代わるがわる様子を見に来ていた。
時計が10回の鐘を鳴らした時、おばさんはおにぎりを持って上がって来た。
「少しは食べて。ちーちゃんまで病気になっちゃうわよ……」
おばさんはか細く笑っていた。
「はい……」
千紘は少しだけおにぎりを口にする。
「本当にありがとうね。マサは幸せな子よ……」
涙ぐむおばさんに向かって、千紘は必死に言った。
「私はまだ諦めていません! 大丈夫です。今日を乗り切って……今夜を乗り切って、マサくんは絶対に助かります! 戻ってきます!」
おばさんは、うんうんと何度もうなずいた。
◆
それからしばらく、千紘はマサくんの手を握りしめて、天窓から覗く夜空を見上げていた。
「ちーちゃん……?」
小さな声が聞こえ、千紘ははっと顔を下に向ける。
「マサくん……!」
マサくんはうっすらと目を開けていた。
千紘は握る手にぎゅっと力を込める。
「長い時間、夢を見ていた気がする。とてもたくさんの、いろんな夢……」
「うん……」
「ちーちゃん……」
「うん……?」
「ループに入ってくれて、ありがとうね……」
「急に、どうしたの……?」
「僕の後悔を見つけに来てくれて、本当にありがとう。一緒に人生をやり直してくれて、ありがとう。ずっと側にいてくれて、ありがとう……」
千紘はぼろぼろと涙が止まらなかった。
「急にそんな事言わないで! これからもずっと一緒にいるんだよ……」
マサくんはそっと微笑む。
「でもね。僕はもう大丈夫だから。夢でね、海斗が一人で歩いてた……暗闇の中を、ただ一人で……きっと海斗は待ってるんだ……」
「え……?」
「もう、ちーちゃんを独り占めにはできないよ。ちーちゃんの気持ちはずっとわかってた……だからこれからは、ちーちゃんは自分の人生を歩いて欲しい……」
「そんな……」
マサくんはにっこりとほほ笑むと、うんとうなずく。
そしてそっと手を上げ、涙が流れる千紘の頬に優しく触れた。
「ちょっと、疲れちゃった……もう少しの間、眠っているね……」
マサくんの顔がほころんだその瞬間、ふっとマサくんの手から力が抜ける。
千紘はベッドに落ちるマサくんの手を必死で受け止めた。
「マサくん?! ……マサくん!!」
千紘は何度もマサくんの身体を揺する。
そして、ふと気がついた時、千紘は一人バス通りに立っていた。
◆
交通量が多く、人通りも多いバス通り。
千紘は戸惑い慌てて、辺りをぐるりと見回した。
「これは……あの日……!」
そしてそう思った千紘の隣をふっと人影が横切る。
深緑色のブレザー、チャコールグレーのズボン、黒髪の背の高い華奢な男の子。
千紘はその姿に目をみはり、途端に胸が締め付けられたように苦しくなる。
必死に走って駆け寄ろうとするが、いくら走ろうとしても身体は動いてくれなかった。
もがいてもがいて、進めない道をかき分けるように両手を動かそうとした。
まるで水の中を走っているかのごとく、身体は重く思い通りにならなかった。
――マサくん!! マサくん!!!
千紘は声にならない声を何度も叫んだ。
「だめだ……声が届かない……」
そう思った瞬間……
「正樹!!」
誰かがマサくんの名を呼んだ。
千紘はその顔を見て目の前が潤んでぼやけてくるのを感じる。
走りながら叫んでいたのは海斗だった。
そして海斗の姿を見た千紘は、急に解き放たれたように身体が自由になった。
千紘は海斗と共に走ってマサくんの後を追いかける。
マサくんは横断歩道の前に立っていた。
信号機が青になり、マサくんが一歩足を踏み出そうとする。
「マサくん!! 待って!!!」
「正樹!! 行くな!!」
二人の声が届いたのか届かなかったのかはわからなかった。
でも、踏み出した足を止め、振り返ったマサくんの顔には穏やかな微笑みが浮かんでいた。
お読み頂きありがとうございました!!!→つづく
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