5-15:「籠城」
5-15:「籠城」
丈士たちは少しでも役に立ちそうなものは何でも、できるだけ多く集めた。
祟り神には普通のお札は通用しないということだったが、「数をぶつければ」という発想で、参拝客などのために販売するために置かれていたものを含め、できるだけの数を用意し、立てこもることになる拝殿の守りを固めるためにペタペタと貼りつけられる場所には張りまくった。
満月が使うための弓や、破魔矢も運び込み、弓は2張、破魔矢は50本近く集まり、祟り神が境内まで攻め込んで来た時に備えて、いつでも使えるように配置された。
接近戦用の武器は、本物ではないが練習用の薙刀が、満月とゆかりが使う分でちょうど2本あった。
本物の刃はついていないのでそのままでは攻撃力はほとんど期待できなかったが、お札を隙間なく張りつけることで祟り神に通用するだろうと思えるだけの力を与えることができた。
それと、神社に奉納され、拝殿に祭られていた刀が1振り。
何年か前の雨ごい祭りで奉納されたもので、現代になってから打たれた新しい打刀だったが、鋭い刃のついた、飾り物ではない本物の日本刀だった。
これは、満月もゆかりも刀の使い方はわからないので、丈士が念のため、護身用として持つことになった。
それから、拝殿に懐中電灯や蠟燭、ライター、達磨ストーブやできるだけたくさんの灯油、社務所にあった布団や毛布なども運び込んだ。
治正がいつ戻って来るかわからなかったが、それが長くなってもいいように、持久戦の用意をしなければならなかったからだ。
幸い、高原稲荷神社は災害時の臨時の避難所としても指定されているので、太夫川の氾濫時に近隣住民を一時的に受け入れられるように防災用品が備蓄されており、食べ物もあった。
3人で籠城するだけなら、余裕で数週間は耐え忍ぶことができる量で、治正が駆けつけてくるまで守り抜ければなんとかなりそうだという希望が持ててくる。
やろうと思えば何週間も籠城できるだけの準備ができたが、しかし、籠城はそれほど長くはなりそうになかった。
何故なら、高原稲荷神社の周辺で、水かさがどんどん、増してきているからだ。
すでに、神社の一番外側の、一番標高が低いところにある鳥居は、その半ばまで沈んでしまっている。
周囲の高原町の街並みも、すでにほとんど沈みかけている。
水害が起こっているのと全く変わらない状況だったが、太夫川の堤防が決壊した様子はなく、ひたひたと迫って来る水はすべて、祟り神が生み出しているものであるようだった。
満月の意見では、あの水は、祟り神によるこの異界の[支配度]、影響力の大きさをあらわすものなのだという。
水に関わる神、おそらくは川に関わる神であったはずの祟り神は、そこにより多くの水があればあるほど、その力を増していく。
厚い雨雲から降り続ける雨が川を増水させ、祟り神はより大きな力を発揮できるようになっていき、その力の分だけ、丈士たちが逃げ込んだ高原太夫神社を囲う水かさも増していく。
リミットは、おそらく、境内に結界を作り、祟り神の侵入を阻んでいる鳥居が水没してしまった時だろう。
その時、祟り神は堂々と鳥居を乗り越え、本殿で立てこもっている丈士たちに襲いかかって来るだろう。
今後の雨の降り方にもよるが、短ければ数時間ほどで、長くても半日ほどで、祟り神は神社の結界を突破してしまいそうだった。
丈士たちは立てこもる準備を整え終わったが、治正はなかなかあらわれず、水かさも増して迫って来るので、気持ちは焦るばかりだった。
満月もゆかりも、悪霊と戦ったことはあっても、神と呼ばれるほど強力な存在と戦った経験はまったくない。
このまま戦いになったら、防ぎきれる自信はまるでなかった。
それでも、丈士たちは交代で休憩をとることにした。
相手がいつ襲ってくるかわからない状況だったが、そうやって全員で気を張り詰めたままでいたら、いざという時に疲れ切ってしまって戦うどころではなくなってしまうからだ。
最初の見張りには満月が立つ、と言っていたのだが、丈士が満月に代わって立候補して、最初の見張りに立つことになった。
女性たちに対して、カッコいいところを見せたいという気持ちからではない。
そういう気持ちがまったくなかったかといえば、それはウソになってしまうが、丈士は何より、思い出せそうで思い出せない[何か]が気になって、とても休んでいるような気分ではなかったからだ。
丈士は念のため刀を持って、祟り神を監視することのできる場所にある神楽殿へと向かい、祟り神が鳥居の前にいるのを確認して、その場に胡坐をかいて座った。
祟り神は、そんな丈士の様子に気がついているのか、いないのか。
じっと、悠然とその場にたたずんでいる。
(オレたちが逃げられないって、知っていやがるな? )
丈士は祟り神の姿を見て、不愉快さと、不安とを覚えていた。
祟り神は、丈士たちが堤防から逃げ出した時も、急いで追いかけては来なかった。
ここはすでに異界で、あの祟り神のテリトリー。
丈士たちは、どこにも逃げ出せない。
そのことを祟り神が理解しているからなのだろう。
なすすべがなく、ただじっとしているしかできないというのは、なんとももどかしく、無力感さえある。
「嫌なヤツだな、ホントに」
丈士は悔しさからそう呟き、それから、神楽殿を見渡した。
雨ごい祭りで満月の舞う神楽を目にした記憶が、昨日のことのようによみがえってくる。
(満月さん……、キレイだったよな)
そんなことを考えている場合ではないというのに、丈士の頬は自然に緩んでしまう。
当の満月はというと、拝殿の中で、ゆかりと楽しそうにおしゃべりをしているようだった。
話の内容までは聞こえてこなかったが、毛布にくるまり、非常食の乾パンをおやつに食べながら、満月はニコニコと笑っている。
ゆかりの方も、そんな満月と嬉しそうにおしゃべりをしている。
「微笑ましいねぇ」
2人の距離感は、やはり、先輩と後輩というよりは、お姉ちゃんと妹といった感じだ。
丈士はそんな2人の姿を見て笑みをこぼし、それから、自身の頬を両手でぱしんと叩いて気合を入れ直した。
「さて。しっかり見張らなくちゃな」
祟り神は、増水して鳥居が水没し、境内の結界が失われるのを、じっと、静かに待ち続けていた。




