5-14:「祟(たた)り神」
5-14:「祟り神」
「神道においては、神様には荒魂と呼ばれる、この世に災いを起こすような荒々しい面があるとされています。……ですが、祟り神は、そういった荒魂とはまた違うものです」
丈士もゆかりも、満月の話を黙って聞いていた。
丈士にはそもそも霊のことなどまったく見当もつかなかったし、ゆかりもまた、あのバケモノについての知識は持ち合わせていない。
「祟り神というのは、神様が、亡くなった人々の怨念や無念の強い感情を吸収し、また、神様自身が粗雑な扱いを受けるなど、不当な扱いをされた場合に、神様自身が悪霊のように、悪しき存在へと変異してしまったものです。一般的に、その力は悪霊などとは比較にならないほどに強く、悪霊に対抗できる術でも通用しないことが多いです」
「なるほど……、だから、私のお寺のお札も通じなかったんですね」
満月の言葉に、ゆかりが納得したようにうなずいた。
「それで、その、満月さん。急かすようで悪いんだけど、あのバケモノ、祟り神は、どうにかできそうなんですか? 」
相手が悪霊の類ではなくもっと強力な存在、祟り神であることがわかったのは大きな前進だったが、重要なことは、そこだった。
祟り神が生み出した異界に閉じ込められてしまっている以上、この異界から脱出するか、祟り神を倒すかしなければならないのだ。
だが、期待するようなまなざしで自身を見つめる丈士に対して、満月は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「こういう時ですので、正直に言います。……あの祟り神を倒すことは、難しいです」
「ぐっ……。そ、そんなに、強いのか? アイツは」
「はい。少なくとも、今までわたしが対峙してきたどんな霊的な存在よりも、強力です」
満月は焦ったような表情をする丈士に深刻そうにうなずき、それから、窓の外へ視線を向ける。
そこでは、相変わらず、強い雨がザーザーと降り続けている。
「ちゃんと調べてみないとわかりませんが、あの霊は恐らく、水、たとえば川に関係する神様だったのでしょう。梅雨の雨で川が増水している時に姿をあらわしたので、たぶ、そうかなと。……祟り神となってしまったのは、あの、無数の水死体……、事故なのか、事件なのか、それはわかりませんが、水に関連して亡くなった人々の怨念や無念の感情で変異してしまったということだと思います。そして、あの女性、わたしたちが太夫川で発見したご遺体も、あの祟り神によって川に引きずり込まれたのだと思います」
「そういえば、あの祟り神の気配は、女性の足に残っていた痣にかすかに残っていた気配と似ていると思います」
満月の説明にゆかりもうなずき、何か思案するように体の前で両手を組んだ。
(川の……、祟り神? 川に、引きずり込まれた……? )
その一方で、丈士はうつむいたまま、頭の奥でズキズキと鈍い痛みを感じていた。
丈士の脳裏に何か、見覚えのあるような光景が浮かびそうになっては、形になる前に消えて行く。
思い出せそうなのに、思い出せない。
思い出したくない。
そんな気分だ。
「それで、先輩。相手の強さはわかりましたが、私たちでできることはないんでしょうか? 」
その間にも、満月とゆかりの間では話し合いが続いていた。
2人とも丈士が黙り込んでいるのには気がついているだろうが、丈士自身は霊に関係する知識はなにも持ち合わせておらず、祟り神に対処するための方法を話し合うのには、オブラートに包まずに言うと、いてもいなくても変わらない存在だから、ひとまず自分たちだけで話を進めることにしているのだろう。
「いえ、神様相手でも通用しそうなモノは、いろいろあると思います。ここは異界ですが、神社は霊的に守られているので、そういった霊的なアイテムもそのまま数多く異界に反映されているはずです。それらを探して、できるだけ集めようと思います」
「ひとまず、それをできるだけ集めて、守れる態勢を作るんですね。……そうしたら、どうしますか? あの祟り神に戦いを挑めるでしょうか? 」
「さすがに、そこまでは難しいと思います。正直なところ、戦うこと自体はできると思いますが、勝てるかどうかはわかりません。誰かがケガをするリスクを考えれば、こちらから攻撃をしかけることは難しいです」
「では……、このまま、立てこもっているんですか? 」
「それが、今のところ一番安全だと思います」
祟り神との対峙が、展望もないまま長引くことになりそうなのに不安そうな表情になったゆかりに、満月はうなずいて、それから微笑みかける。
「まったく、アテがないわけではありませんよ? きっと、わたしのお父さんがこの状況に気づいて助けに来てくれるはずです」
「なるほど。そうすれば、勝ち筋も見えてきますね! 」
満月の言葉に、ゆかりもようやく表情を明るくして、声をはずませながらうなずいた。
それからゆかりは、途中からずっと黙りこくっていた丈士を、ジロリと睨みつける。
「あの、百桐先輩? 寝ちゃってるわけじゃないですよね? 」
霊に関する知識を持たない丈士からは特にいい知恵も出てこないだろうと満月と2人で話を進めていたゆかりだったが、概ね結論が出たのに丈士が無反応であることに、さすがに放っておけないと思ったようだった。
「私個人の心情はともかくとして、この場は協力しないといけないんです。しっかりしてください」
「あっ……、ああ、ワリィ。ちょっと、考えごとしててな」
ゆかりの言葉にようやく顔をあげた丈士は、愛想笑いのようなものを浮かべた。
「えっと、とりあえず、このまま籠城する、ってことだよな? 満月さんのお父さんが助けに来てくれるまで、ありったけの使えそうなものをかき集めて」
「なんだ。ちゃんと聞いていたんじゃないですか」
丈士の言葉に、ゆかりは少し感心したようにそう言った。
「立てこもる場所は、ここより、拝殿の方がいいでしょう。……ご神体のある本殿の近くなら、より守りも強くなります。すぐに、準備をはじめましょう! 」
「ああ」「わかりました」
満月の言葉に丈士とゆかりがうなずき、3人は立ちあがって、祟り神と対峙するための準備を開始した。




