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妹でもヤンデレでも幽霊でも、別にいいよね? お兄ちゃん? ~暑い夏に、幽霊×ヤンデレで[ヒンヤリ]をお届けします!~(完結)  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第五章「梅雨」

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5-12:「避難:1」

5-12:「避難:1」


 満月の神社に避難するため堤防から駆け下りた丈士だったが、いつの間にか、高原町の全体に数センチの深さの水が溜まっているということに気がついた。

 道路上に溜まった水の水面に、降り注ぐ雨粒が無数の波紋を作り出している。


「うわっ!? 川が、あふれたのか!? 」


 丈士は水でおおわれた道路に走りこむことを一瞬だけ躊躇ちゅうちょして立ち止まったが、すぐにその可能性はないと考え直していた。


 確かに、洪水注意報が出されてはいたが、太夫川の水位はまだ堤防を越えるには程遠い状況だったし、何より、高原町を覆っている水は、川を流れている茶色く濁った水とは明らかに違っていた。

 数センチの水深しかないとはいえ、道路上の白線や文字がはっきりと見えるのだ。


 川の水があふれたのならもっとにごっているはずだったし、テレビで目にしたことのある洪水のニュースでは、どんな時でも水は茶色く濁ったものだった。

 排水がうまくいかずに雨水がそのまま溜まってしまっている、ということも考えられたが、それでも短時間で高原町のほぼ全体に浸水するということは考えにくいことだった。


「丈士さん、早く! この水は、おそらく、あのバケモノの力によるものです! 」


 数センチとはいえ浸水した中に入っていくことに戸惑っていた丈士を、数歩追い越して振り返った満月が、余裕のなさそうな表情で言った。


「ここは、もうアイツが作り出した異界の中です! おそらく、この水はあのバケモノが生み出しているもので、このままどんどん増えていくはずです! 逃げ道がなくなる前に、早く! 神社なら、聖域として結界で保護されているので、ひとまずは安全なはずです! 」


 満月の言葉にうなずき、覚悟を固めた丈士は、溜まった水の中に駆け入り、バシャバシャと水しぶきをたてながら神社に向かって走った。


 満月が言うとおり、水かさは少しずつ増してきているようだった。

 丈士が稲荷神社までたどり着くころには、高原町をおおう水は数センチの水深から、膝の高さ近くにまでなっていた。

 歩くのもやっとというほどだったが、透明な水で足元は見えたおかげで、丈士たちはどうにか逃げ続けることはできたが、雨も降り続けているし、服はグショグショにぬれてしまった。


 だが、神社にたどり着けても、問題はあった。

 幽霊である星凪は、その鳥居をくぐって境内に入ることができないのだ。


「わかりました! 使えそうなものがあるので、すぐに持ってきます! 」


 鳥居の前で立ち止まった丈士から事情を聞いた満月はうなずくと、護衛としてゆかりに残るように伝え、境内まで続く石段を全力で駆けのぼっていく。


 満月が戻ってくるまでには、意外と時間がかかった。

 まだバケモノはここまでたどり着いてはいなかったが、丈士はハラハラとした気持ちで、満月が消えて行った境内と、水に沈みつつある高原町との間で視線を何度も行ったり来たりさせていた。


 待っている間にも、水かさはどんどん、増してくる。

 丈士は鳥居の手前でその様子を見ていたが、水は雨によるものだけでなく、どこからか湧きだして来るように静かに増え続け、とどまることのないその様子は不気味なものだった。


「お待たせしました! 」


 戻って来た満月がその手にしていたのは、数枚のお札で、満月が筆と墨汁を使って草書体そうしょたいで手書きしてきたようなものだった。

 書かれている文字は丈士には読めないのだが、いつも満月が霊を退治するために使っているお札とは違う文字であることだけはわかった。


「あの、満月さん、それは? 」


 このに及んで満月が星凪をどうこうすることはないだろうとは思うものの、念のため丈士が確認すると、満月は「大丈夫です! 」と断言した。


「あまり使わないものなのでわたしが手書きしてきましたが、霊が結界に弾かれなくなるようにするためのお札です! 」

「な、なるほど。それで、どうすればいいんです? 」

「簡単です! えいっ」


 満月はうなずくと、丈士にひっついたまま、どういうわけか心ここにあらずといった様子で押し黙っている星凪の背中にお札をはりつける。


 たったそれだけのことで、大丈夫なのか。

 少し不安ではあったものの、自信ありげな満月を信じて鳥居をくぐると、星凪は神社に作られていた結界に弾かれることなくすんなりと通り抜けてくれた。


「間一髪、間に合いましたね」


 境内へと続く石段を駆け上がり、しばらくは浸水の影響もない、霊的な存在からも守られた場所へたどり着くと、ゆかりが安心したようにそう言った。


 息を整えるために両手を膝につきながら荒い呼吸をくり返していた丈士だったが、自分たちがたった今駆け上って来た石段の方を真剣な表情で見つめていたゆかりの様子に気づいて、自身も背後を振り返る。


 そこには、丈士たちをここまで追って来たのか、あの、何人もの水死体がからみ合ったような姿をした、おぞましい姿のバケモノの姿があった。


 眼球を失った、暗い闇に包まれた眼窩がんかからの視線を感じて、丈士は身震いする。


 だが、そのバケモノは、鳥居からこちら側に来ることはできない様子だった。

 バケモノはその手を触手のようにのばし、鳥居を破壊しようと試みたが、鳥居の周囲にはそのバケモノを拒絶する目に見えないような力が働くようで、バケモノの攻撃をすべて跳ねのけた。


 バケモノは境内に入ることを断念した様子で手を引っこめると、何かするでもなく、じっと鳥居の前でたたずむ。

 どうやら神社が安全というのは間違いないようだったが、しかし、丈士は少しも安心するような気持にはなれなかった。


(アイツ……、どうして、あんなに余裕そうなんだ? )


 バケモノは丈士たちを追ってここまで来たはずだったが、丈士たちに安全圏に逃げられてしまったのに、少しも焦ったような様子がない。

 それは丈士の印象に過ぎないことだったが、丈士はその不安感を忘れることができなかった。


「ひとまず、社務所で休みましょう。……寒いですし、あたたまりたいです」


 じっとこちらの様子をうかがっているバケモノを、不安そうに見下ろしていた丈士たちに、満月がすっかりぬれてしまった自身の髪を軽く絞りながらそう提案した。


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