5-8:「犠牲者」
5-8:「犠牲者」
満月もゆかりも何も気づかなかった様子だったが、幽霊である星凪が何かに気づいたのだからと、川べりに近づいて調べてみることに同意してくれた。
洪水の危険まではないが、太夫川は増水している。
その水面に近づくことは危険ではあったが、確かめなければならなかった。
丈士はすでに薄暗くなり始めていたので懐中電灯をつけ、堤防を下りて川べりの葦原へと近づいていった。
上から見ても何も分からなかったが、近づいてみても怪しいものは何も見えない。
だが、何かあるはずだ。
そう信じた丈士は、足元が何とか歩けるくらいの強度があるのを確認し、葦をかきわけて、慎重に奥へと進もうとした。
そして、星凪が気づいた[異変]は、すぐに見つけることができた。
葦をかきわけると、すぐその向こう側に、それはあった。
それは、遺体だった。
スーツを身に着けた、OLらしい人。
だが、その肌の色は青白く、見開かれたままの瞳は虚ろで暗く、全身ずぶぬれで、顔や体に髪の毛が張りつくようになっている。
生死を確認したわけではないが、一目で、生きていないということは明らかだった。
丈士は、その遺体を見て、言葉を失ってしまっていた。
遺体を目にすることはこれが初めてではなかったが、その[水死体]は、丈士に、克服しようのない過去の出来事を、鮮明に思い出させていた。
「丈士さ~ん! 何か、見つかりましたかぁっ! 」
葦原に分け入ってすぐに動かなくなった丈士に、川べりは危険かもしれないからと、念のため堤防の上に残っていた満月が、少し心配そうに声をかけてくる。
丈士は、浅く、荒くなった呼吸を必死に整え、それから、精一杯冷静さを保った、冷や汗の浮かんだ顔を、満月たちへと向ける。
そして丈士は、震える声で言った。
「すんません。警察に、連絡してください。……女の人が、倒れてます」
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丈士の言葉で状況を察した満月が警察に連絡すると、警察はすぐに向かってくれるということだった。
救急車も手配するということだったが、すでに手遅れであるのは、どこからどう見ても明らかだった。
女性は息をしていないし、その身体は氷のように冷たく、ピクリとも動かない。
「とんでもないもの、見つけちゃったね……」
丈士の背中にしがみつくようにしながら、顔だけを出して女性の遺体を見つめていた星凪が、かすれた声でそう言った。
星凪は自身が川で命を失ったのだから、同じく、川で命を失った女性の姿を見るのは、辛いのだろう。
丈士としては堤防の上で待っていてくれても良かったのだが、星凪は1人でいるより丈士といる方がまだ落ち着いていられるらしく、1人することは難しいようだった。
満月とゆかりは、先ほどから女性の遺体を、できる範囲で調べている。
丈士はできれば女性の遺体を2人に見せたくはないと思っていたのだが、満月もゆかりも、丈士よりもずっと冷静で、落ち着いた様子で女性の遺体をいろいろな角度から見て調べている。
ただ、2人とも言葉は少なく、その表情は険しかった。
やがて、警察のパトカーと、救急車が到着した。
サイレンを鳴らしながら近づいてくるパトカーに気づいた丈士が堤防の上にあがって合図を送り、車両から降りてきた警官と救急隊員に状況を伝えると、すぐに担架が用意され、救急隊員が女性の遺体の収容へと向かった。
救急隊員の手で、すぐに女性の死亡は確認された。
すでに回復の見込みはなく、女性は何の医療行為もされないまま、遺体袋におさめられ、救急隊員たちによって黙々と運ばれていった。
その様子を沈痛な面持ちで見送った後、丈士たちは、警官たちから簡単な事情聴取を受けることになった。
遺体を発見したいきさつなどをきちんと記録しておく必要があり、その点を詳しく話す必要があったほか、後日、何か追加で話を聞くために、丈士たちそれぞれの連絡先や住所なども聞かれた。
もちろん、丈士たちは、星凪のことは伏せておいた。
いくら真実とは言っても、[第一発見者は幽霊です]などと言おうものなら、警官たちから不審に思われてしまうだろう。
だから、[散歩していたら、偶然見つけた]ということで事前に話をすり合わせていたおかげで、丈士たちはその日は簡単な事情聴取だけですぐに自由の身となった。
警察はこれから、事故と事件の両方の可能性を考慮して調査をするということだから、後日、また警察から話を聞かれる可能性もあったが、とにかく、丈士たちは何事もなく解放された。
警官たちは親切にも、丈士たちが全員未成年であることから精神的なショックもあっただろうと、パトカーで丈士たちを自宅まで送ろうと申し出てくれたが、丈士たちはそれを丁重に断り、徒歩で帰路についた。
パトカーに乗るなんて、ある意味では貴重な体験に違いなったが、警察には気分的になるべくお世話にはなりたくなかった。
それに、満月が「話しておかないといけないことがあります」と言っていたからだ。
帰宅する途中、近くに自分たち以外の誰もいないということを確認した後、満月は、丈士たちに言った。
「あの女性の遺体……、霊、もしくは霊的な何かが、がかかわっています」
その言葉に、丈士はゴクリ、と唾を飲み込んだ。
満月やゆかりの深刻そうな様子から、何となく想像はついていたが、いざ、はっきりと耳にすると、ショックは大きかった。
太夫川には、霊は、もういないと、すっかりそう思っていたからだ。
巡回を続けてはいたが、それは半ば惰性で何となく続けていたことだった。
治正も調査を手伝ってくれるということで、丈士たちもすっかり気が緩んで、ここしばらくの太夫川での調査には身が入っていなかった。
それはつまり、丈士たちが真剣に調査を続けていたら、あの女性は亡くならずに済んだかもしれないということだった。
「女性の足首に、[何か]につかまれたような痣がありました。……霊的な痕跡のある痣でした。あの女性がなぜ、どうして川に近づいたのか、女性を水底に引きずり込んだ霊が、以前目撃された霊なのか、新しくやって来た霊なのか、それは分かりません。……分かりませんが、わたしはこれから、お父さんにも連絡して、徹底的に調べるつもりです」
満月も、丈士と同じように責任を感じているのだろう。
その口調は深刻で、その表情は真剣そのものだった。
「私も、できるだけのことをします。……マネージャーさんには、しばらくお仕事を減らしてもらうようにお願いするつもりです」
ゆかりも、真剣な様子でそう言った。
「オレも。……できることがあるかはわからないけど、できるだけ手伝うよ」
「あたしも……、その……、力になれたらって、思う」
当然、丈士も星凪も、できるだけのことをするつもりだった。
満月は、真剣な様子の丈士たちの姿を見て、ほんの少しだけ微笑んだ。
「ふふ。ありがとうございます。……1人目は間に合いませんでしたが、2人目の犠牲者は、絶対に阻止しましょう! 」




