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妹でもヤンデレでも幽霊でも、別にいいよね? お兄ちゃん? ~暑い夏に、幽霊×ヤンデレで[ヒンヤリ]をお届けします!~(完結)  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第五章「梅雨」

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5-7:「巡回」

5-7:「巡回」


 高原高校薙刀なぎなた部の練習が、満月による地獄の特訓へと変わったその日の夕方。

 丈士、星凪、満月、ゆかりの4人は、もはや恒例となった太夫川の見回りを行うために高原太夫大橋へとやってきていた。


 太夫川の周辺で幽霊騒ぎがあったのはもう1か月も前のことであり、ぱったりと目撃情報も途絶えてしまっている。

 丈士たちの間でも、「霊はどこか別の場所に移動した」という結論になってはいるのだが、念のため、と、以前よりも回数を減らして見回りを続けていた。


 どこか別の場所に去った可能性が高い霊の行方については、治正が追っている。

 雨ごい祭りを終えた後、治正はしばらく家にいるつもりでいたようだったが、遠出のできない学生である満月やゆかりに代わって調査を行ってくれている。


 霊が高原町の近くに潜み続けているという可能性も考慮して調査を継続している丈士たちだったが、1か月もの間目撃情報が途絶えたことですでに内心ではここに霊はいないと考えており、巡回中の雰囲気はかなりゆるんだものとなっていた。


「あの……、満月先輩? そろそろ、許してもらえませんか? 」


 いつものように先頭を歩いているゆかりが、困惑したように言う。

 だが、相変わらず怖い笑顔を浮かべている満月は、少しも躊躇ちゅうちょせずにゆかりの要請を却下する。


「ダメで~す。ゆかりちゃんが本当に反省したと思うまで、このままで~す」


 そう言いながら、満月はゆかりの背後から抱き着くようにし、両手でゆかりのほっぺたをムニムニともてあそんでいる。

 満月いわく「ゆかりへのオシオキ」ということだったが、ゆかりは困ったような、恐れているような、少し嬉しいような、そんな複雑な表情を浮かべている。


「その……、みんなをけしかけたことについては反省しましたから……、その、歩きにくいのでそろそろ……」


 だが、体格に差のある満月に抱き着かれた状態では、いろいろと不自由であるらしい。

 ゆかりがひかえめな口調でそう言うと、満月はスッと双眸そうぼうを細め、ゆかりの耳元でささやいた。


「月曜日のお弁当、からあげの予定なんですけど……、どうします? 」

「うぐっ!? ……ぅーっ……」


 満月のその言葉に、ゆかりは葛藤かっとうしてうなり声をらす。

 満月とゆかりはよくお弁当のおかずを交換しているらしいのだが、それができなくなるのがどうしても嫌なのだろう。


「ふふふふ……。このままわたしにほっぺをもてあそばれ続けるがいい」


 押し黙ったゆかりに、満月は勝ち誇ったようにそう言った。


 微笑ましい光景だった。

 丈士としても、ゆかりが自分を襲うために薙刀なぎなた部をけしかけてきたという事実さえなければ、単純に笑いながら見ていられたかもしれない。


「おい、星凪。……お前も、ああいうことはしないでくれよな? 」


 以前であれば、丈士の妹、星凪も、ゆかりに対しては丈士とまったく同じ立場であるはずだったのだが、星凪は今回、ゆかりと共犯者だった。

 ここ最近、丈士から離れて行動することが多く、おかしいな、とは思っていたのだが、どうやら、丈士を罠にはめるためにゆかりと入念な打ち合わせをしていたらしい。


 土壇場どたんばで考え直して丈士の側についてくれたからよかったが、それで、星凪が悪だくみに加担したという事実は消すことができない。


「え、えへへ、お兄ちゃん。もう、あたしはあんなことしないし、ずっと、お兄ちゃんの味方だからね! 」


 星凪としても、一時的に丈士を罠にはめようとした、丈士を裏切ったことに罪悪感があるのか、ごまかすような笑みを浮かべながらそう言う。


「本当にだぞ? ……ったく、どんな目に遭うかと思ったぜ」


 丈士は念を押すように自身にひっついている星凪にそう言うと、視線を周囲へと向ける。


 辺りは、夕陽の中にあった。

 ここ数日雨が降り続き、空には常に雨雲があるような状態だったのだが、今はちょうど梅雨の間の晴れ間がのぞき、沈みかけの太陽からの光が高原町に降り注いでいる。


 夕陽で、雨でぬれたままの建物や草木が、キラキラと輝いている。

 まだ暗くなりきっていない時間なので堤防上には人通りもあり、丈士たちの脇を、自転車や歩行者が何人も通り抜けて行く。


 とんでもない目に遭いそうになった1日だったが、今は、何だかほっとするような時間が流れているように思えた。


「ねぇ、お兄ちゃん」


 突然、定位置である丈士のそばから離れた星凪が、やけに深刻そうな声でそう言ったのは、丈士がケイタイを取り出して写真でもとっておこうかと思案していた時だった。


「ん? どうした? 星凪」


 丈士がケイタイを取り出すためにポケットに突っ込んだ手を元の位置に戻しながら背後を振り返ると、星凪は、丈士の方を向いていなかった。


 その視線は、梅雨の雨で増水し、今もいつもより多くの水をゴウゴウと流し続けている太夫川の方へと向いている。


「あそこ」


 星凪の様子を丈士がいぶかしむように見ていると、星凪は、太夫川の川岸、増水したせいでほとんど水没しかけている、あしなどの植物が生い茂っている場所を指さした。


「あそこから、さっき、女の人の声みたいなものが聞こえたの」

「女の人の、声? 」


 丈士は、星凪の言葉に怪訝けげんそうに眉をひそめた。

 そこには、誰の姿も見えなかったし、そもそも、堤防を下りて、洪水になる危険はまだないとはいえ、増水している川べりにまで行く人がいるはずもないと思えた。


 だが、丈士はすぐに、(何かがあるのだろう)と思い直していた。


 星凪は、幽霊だ。

 生前の記憶を持ち、生きている人間と同じ感情を持つが、星凪は丈士とは違う感覚を持っている。


 そう思った丈士は、立ち止まった丈士と星凪に気づかず、少し先まで進んでしまっていた満月とゆかりに声をかけ、何かが見つかったかもしれないと伝えた。


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