5-3:「薙刀(なぎなた)部」
5-3:「薙刀部」
満月やゆかりが通っている学校、県立高原高等学校は、丈士が通っている大学の反対側、高原駅前商店街の向こう側にある学校だった。
高原駅ができて鉄道が開業され、高原町周辺の開発が本格化し始めた際に、今後を見すえて建設された高校で、当時としては最新の、現在としては古びた設備の学校だ。
それでも、高原町の開発が始まった当時に建てられたため敷地は十分で、広いグラウンドと屋外プール、体育館など、生徒たちが広々と使うことのできる場所が用意されている。
満月と約束をした翌日、その日も雨が降っていた。
時折降りやんで雲が薄くなることはあっても晴れ間は見えず、ジメジメとした天気が続いている。
言いかわした通りの時間に傘をさしながら高原高校に丈士と星凪が向かうと、そこでは、セーラー服姿の満月が待っていた。
丈士や星凪が迷わないよう、わざわざ校門のところまで出迎えに来てくれた様子だった。
満月の案内で学校の事務所へと向かい、必要な手続きをして入校許可証などをもらった丈士は、そのまま、満月の案内で武道場へと向かって行った。
満月とゆかりが所属する薙刀部が使っている武道場は、体育館のすぐ横に建てられていた。
専用の武道場がある、というのは少しばかり珍しいことだったが、これには都市伝説があるそうだ。
学校の建設計画が持ち上がった当時の県知事が剣道家であり、武道を奨励したいという目的を持っていたためにわざわざ建てたのだという。
本当かどうかは分からなかったが、ありそうな話だとも思える。
機能性を追求した四角い豆腐のような見た目の校舎に対して、武道場だけ屋根が瓦で飾りの柱がるなど、少し力の入った作りになっているところなど、ウワサがもっともらしく思えてくるところだ。
もっとも、今、そこを使っているのは、剣道部ではなく薙刀部だけだった。
もともとは薙刀部と剣道部で使っていたのだが、いつの間にか剣道部は部として成立しない人数となってしまい、廃部となってしまったのだ。
満月について武道場へと足を踏み入れた丈士は、そこで、薙刀部の部員たちに出迎えられ、簡単に自己紹介をすることになった。
満月から話には聞いていたが、全員、女子部員たちだ。
丈士との異種競技対戦を言い出したゆかりから話が通っているのか、全員心得ている様子で、一応丈士を歓迎してくれてはいるようだったが、異性しかいないという状況に気づいた丈士は少し気まずいような気持だった。
丈士は何も道具を持ってきてはいなかったが、必要なものはすべて貸してもらえることになっている。
廃部になった剣道部の部員たちは近くの道場に通うなどすることになったのだそうだが、剣道部には体験入部などのために一通りの備品が用意されており、公費で購入されたそれらの備品は、後に残る薙刀部が管理することになっていた。
高原高校の剣道部が廃部になったのはかなり昔のことなので、稽古着も防具も竹刀もすべてそれなりに古いものであるはずだったが、ほぼ新品の状態で、薙刀部が丁寧に見ていてくれたらしく状態は良かった。
丈士は満月たちと別れ、長らく物置として使われていた男子更衣室を借りて、借り物の稽古着に着替えた。
幸い、サイズは合うものがあって、まったくの新品ではなかったがその分動きやすそうな感触だった。
胴丸も、少し使われた形跡があったが損傷はなく、問題なく使えそうでそのまま身に着けることができた。
更衣室から出ると、すでに薙刀部の準備は整っていた。
満月を正面にして部員たちは一列に並び、丈士を待っていたのだ。
たけしが薙刀部の末席、ゆかりの隣に並ぶと、満月の号令で準備体操が始まった。
どんなスポーツでもそうだが、いきなり全力で身体を動かすと、ケガの原因となる。
だから、体操やストレッチをして、少しずつ身体を温め、慣らしていく必要がある。
受験勉強や大学での新生活、星凪や他の幽霊たちをめぐるゴタゴタで忙しく、まともに運動する機会などを得られなかった丈士は、特に入念に準備運動をする必要があっただろう。
全力で身体の筋肉を使うことなどほとんどなかったから、今の自分の身体がどれくらい動けるのかも把握しておく必要があった。
だがさすがに、2人1組になってのストレッチは、遠慮した。
そこにいるのは、異性ばかりなのだ。
満月などは特に意識したふうもなく「わたしと一緒にやりましょう! 」などと言ってくれたのだが、鋭い視線がいくつも自身にグサグサと突き刺さる感覚を覚えた丈士は丁重に遠慮して、壁を相手にできるだけのストレッチを行った。
そして準備が終わると、満月を前に、他の全員で満月の後ろに横一列になって並び、武道場に飾ってある神棚に向かって礼をし、面や籠手などの防具を身につける。
剣道も薙刀も、身に着ける防具の基本的な構造は同じだったが、やはり少しだけ違いはあるようで、丈士には興味深かった。
借り物の籠手のひもを調整したり、面の位置を直したりし終わると、丈士は左手に竹刀を持って立ちあがった。
特に竹刀には破損があると、使用した時に破片が面の隙間から飛び込んで目を傷めるといった危険があるために丁寧に確認したが、貸してもらった竹刀はほぼ新品で、年月は経っているようだが問題なく使えそうだった。
立ちあがった丈士は、そこで、(アレ? )と思う。
満月が、防具を身に着けていないのだ。
「あれ? 満月さんは、練習に参加しないんですか? 」
丈士が思わずそうたずねると、満月は「すみません」と申し訳なさそうに笑いながら頭を下げる。
「実はわたし、今日、これから弓道部の助っ人に呼ばれていまして。今からそっちに行かないといけないんです」
「あ、なるほど」
丈士は納得してうなずいていた。
稲荷神社の巫女として、満月は弓もあつかうのがうまい。
弓道部に助っ人として呼ばれるのは、十分にあり得る話だっただろう。
「それじゃぁ、あと、よろしくね! 」
満月はそう言って薙刀部の副部長に後のことを任せると、元気よく駆け出して行く。
ぴょんぴょんと揺れながら消えて行く黒髪のポニーテールを、丈士はなんだか残念な気持ちで見送った。
(なんだ。満月さん、いないのか)
丈士がそうおもって、小さくため息をつき、視線をあげた時だった。
丈士はいつの間にか、薙刀部の部員たちによって取り囲まれてしまっていた。




