4-20:「祭り:2」
4-20:「祭り:2」
満月は屋台をぜんぶ回る、と意気込んではいたものの、それはさほど難しいことではなかった。
雨ごい祭りはそれほど大きなお祭りではないので、屋台の数もそこまで多くはないからだ。
だが、すべての屋台を回りきるころ、丈士は両手にいっぱいの荷物を持つことになっていた。
4人分の買い物をすべて丈士が荷物持ちとして受け持ったからだったが、満月は「食べ比べです! 」などと言って同じモノを別の屋台で複数買ったり、外見からして絶対にたくさんは食べられなさそうなゆかりが、あれもこれも、と買いまくったりしたことが大きかった。
満月はそれなりに食べる方なので、焼きそば2パック、クレープ、イカ焼き程度、食べきれないことはないはずだったが、ゆかりの、たこ焼き、お好み焼き、からあげ、チョコバナナ2本、大判焼き4つ、というのはあきらかに買い過ぎだった。
とても、ゆかりの華奢な身体に入りきるとは思えない。
丈士は、「本当に買うの? 」と念押しをしたのだが、「あなたは黙っていてください」と、ゆかりはツンとした態度で取り合わなかった。
どうもゆかりは、おごると言った丈士を破産させてやる、とか、あるいはやけ食いでもするつもりでいるようだった。
もちろん、丈士は自分と星凪の分も買ってある。
たこ焼きに、焼きそばに、じゃがバターに、クレープが2つ。
ついでに、フランクフルト1本とドーナッツも買った。
屋台巡りを終えた4人はそのまま、満月の自宅にあがらせてもらった。
この近くで4人が集まれる場所と言えば神社か満月の自宅だけで、今日は満月の提案でゆっくりおしゃべりでもしようということになっている。
満月の自宅にあがった丈士たちが通してもらった客間で折り畳み式の簡易机を広げ、買って来たモノを並べている間に、満月が人数分のお茶を用意してくれた。
そうして、楽しいおしゃべりが始まった。
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屋台で買って来たものを食べながら、4人は他愛のないおしゃべりで盛り上がった。
時間はあっという間に過ぎて、気がついたら2時間も経っていた。
トイレを借りに立って用を済ませた後、手を洗ってトイレから出た丈士が客間へと戻ろうとしていた時、ふと、1枚の写真が目に止まった。
それは、満月の家の居間の、壁の上の方に飾られている、額縁に入れられた大判の写真だった。
写っているのは、1人の女性。
長くのばした黒髪に、黒い瞳、優しそうな印象の双眸。
20代に見える若い女性で、幸せそうに微笑んでいる。
丈士の目にその写真が止まったのは、その女性がかなりの美人だったということも大きかったが、少し満月と似た雰囲気があるような気がしたからだ。
(満月さんの、お姉さん、とか……? )
写真に写っている姿からすれば、そう考えることもできる。
だが、全国各地で発生する霊的な事象に対処するために治正が出張で家をあけているため、満月は普段、1人で暮らしているのだという。
姉妹がいるとは、聞いたことがない。
「それ、わたしのお母さんの写真なんです」
「わっ!? 」
写真に写っているのは誰だろうと首をかしげている丈士の背後から満月が急に声をかけて来たので、丈士は驚いてしまっていた。
振り返ると、そこには、少し寂しそうに微笑んでいる満月の姿があった。
「わたしのお母さん、わたしを生んですぐに、病気で亡くなっちゃったんです。これは、お父さんと一緒に新婚旅行に行った時に撮った写真なんです」
丈士が、写真に写っている女性に満月と似た雰囲気があると思ったのも当然だった。
満月の姉と思えるほど若い姿なのも、満月を生んですぐに亡くなったということからすれば、何も不思議なことはない。
同時に、丈士はその写真が飾られている意味に気がついていた。
それは、つまり、遺影として飾られているのだ。
「ご、ごめん、満月さん。勝手に見るつもりじゃなかったんだけど」
「いえ、お気になさらないでください。別に、見られて困るものじゃありませんし」
慌てて頭を下げた丈士に、満月は軽く手を振って見せる。
それから丈士の隣に立つと、満月は身体の後ろで両手を組みながら、じっと、写真の中で幸せそうに笑っている女性の姿を見つめる。
「わたしのお母さん、すっごく、きれいでしょ? 」
「あ、ああ。オレも、きれいだなって思います」
「えへへ。わたしの、自慢のお母さんなんです」
満月は笑ってはいたが、やはり、その横顔はどこか寂しそうだった。
「その……、何か、悪いことしちまった」
丈士は何気ない好奇心で満月の母親の写真を見ていたのだが、その好奇心が原因となって、満月に辛いことを思い出させてしまった。
そう思った丈士が頭を下げると、満月は小さく首を左右に振る。
「大丈夫ですよ。確かに、お母さんと会えないのは寂しいことですが、お母さんはわたしを今でもちゃんと、天国から見ていてくれますから」
満月はそう言うと、「昔、わたしが小さかった頃、霊が見える、そこにいるのがわかるって気づいて、わたし、お母さんを探したことがあったんです」と、丈士に話し始める。
「けれど、わたしのお母さんは、どこにもいませんでした。……お母さんは、わたしを置き去りにして遠いところに行ってしまったと、わかっただけでした。それはとてもショックなことでした。……けれど、お父さんにこう言われたんです」
そこで言葉を区切った満月は、少しかしこまった様子で、治正の声を真似て言う。
「『満月。お母さんが天国に旅立ったのは、お前を大切に思っていないからではなくて、お前を信じているからだ。自分の娘なら、きっと、いつも一生懸命に頑張って、いつも笑っている、強くて優しい子なんだと。だから、お母さんが安心して、俺や満月を信じていられるように、俺たちは頑張らなくちゃいけないんだ』、って」
それから満月は、えへへ、と笑って見せた。
その笑顔には、寂しさだけではなく、嬉しさや、誇らしさといった感情も込められているようだった。
「お母さんがいないというのは、今でも寂しいですけど、けど、それだけじゃありません。わたしはいつも、お母さんの写真を見て、頑張ろうって思うんです」
(満月さんは、なんていうか、やっぱ、強いんだよな)
そんな満月の姿を見た丈士は、そんな感想を持っていた。
大切な誰かを失う。
それは、丈士にも経験のあることだ。
だが、星凪は、幽霊となって現世に留まってくれた。
それも、丈士の強い願望によって。
幼い満月は、母親の霊を必死になって探したというが、ついにその姿を見つけることはできなかった。
きっと、それは辛いことであったはずだが、母親は自分のことを信じ、安心して天国に旅立ったのだと考えて、その悲しみを乗り越えた。
そうして、今の、いつも明るく元気な満月として、頑張っている。
果たして、星凪が幽霊として存在していてくれなければ、自分は満月と同じようにその悲しみを乗り越えることができたのだろうか。
そう考えた時、丈士には、少しの自信もなかった。
「すみません、丈士さん。急に、こんな話をしてしまって」
それから、少し自分のことを話しすぎたかな、と反省するような顔で満月はそう言ったが、丈士は首を左右に振って見せていた。
「いえ。聞けて、良かったと思います。……すごく」




