4-17:「神楽:1」
4-17:「神楽:1」
丈士が石段を登りきると、すでに、境内は多くの人々でいっぱいだった。
ローカルなお祭りだから集まった人々はせいぜい数百人だったが、神社そのものもそこまで大きくはないため、境内は満員電車のようだった。
当然、神楽殿の近くには特に多くの人々が集まっていて、とても近づけそうにない。
(参ったな……。これじゃ、満月さんたちが見えないじゃないか)
丈士が困っていた時、ふと、誰かが自分の名前を呼んだような気がした。
「丈士さん! こっち! こっちでーす! 」
丈士がきょろきょろと辺りを見回すと、少し離れたところで満月が自分を呼んでいるのを見つけることができた。
人垣越しに満月の姿を見つけることができたのは、満月がぴょん、ぴょん、と飛び跳ねているからだった。
「丈士さん! よく来てくれましたね! 」
人混みをかき分けるようにして本殿と神楽殿の間あたりまで進むと、そこにはいつもよりも着飾った満月の姿があった。
いつもの巫女装束の上に、白地の千早と呼ばれる衣装を身にまとい、美しい細工の施された頭飾りを身に着けている。
何より印象的なのが、薄く引かれた口紅の色で、丈士は満月から思わず視線をそらしてしまっていた。
(化粧すると、満月さんって、こんなにキレイなのか……。いや、普段もキレイだけどさ)
内心、動悸を抑えきれない丈士は、顔をそむけながら、横目でチラチラと満月の方を見てしまう。
「……? どうしましたか? 」
しかし、そんな丈士の内心など気づかずに、満月は不思議そうな表情で首をかしげた。
「あ、えっと、いや……、満月さん、そんなに元気に飛び跳ねて、衣装とか大丈夫なのかな、って」
「ああ! ご心配なく。 うちの神社の装束は動きやすいようにズボンタイプですので! 他の神社で巫女をしている子からは「かわいくない」とか言われちゃったりするんですが、ほら、この通り、動きやすいので大丈夫です! 」
内心の動揺を悟られないために丈士が話題をそらすと、満月はそれをあっさりと信じ、身体を左右に振って衣装の機能性をアピールした。
どういうわけか、満月が動くたび、丈士には満月の周囲にキラキラとした光の粒が舞っているように見え、とても直視していられない。
「どうでしょうか! 」
「あ、ああ。すごく、いいんじゃないですか? 」
屈託なく笑う満月に問われて、丈士はそう答えるので精いっぱいだった。
「ちょちょちょ、ちょぉっと、先輩! もうすぐ時間ですよ! 」
その時、そう言いながら丈士と満月の間に割り込んできたのは、ゆかりだった。
ゆかりはその小柄な体格で人混みの中をどうにかすり抜けてここまでたどり着いた様子で、いつもはきれいに整えられている髪型が少し乱れている。
だが、ゆかりはそんな外見を気にしている余裕もない様子で、丈士と満月の間に両手を広げながら割って入ると、ふー、ふー、と、人混みを突破するためにあがってしまった息を整えながら、丈士のことを睨みつけた。
「満月先輩、こんなところでおしゃべりしている余裕はないんじゃないですか? 」
「はっ!? そ、そうでした! 」
それから、ゆかりは振り返って満月にそう言い、満月ははっとしたように左手で口元を覆うと、「すみません、失礼します! 」と言って、大慌てで神楽殿へと続く階段を駆け上がって行こうとする。
だが、その途中で何かを思い出したらしい満月は、「あっ!? 」と言って、再び丈士の方を振り返っていた。
「忘れるところでした! 丈士さん、関係者席に空きがありますので、もしよろしければ、そちらで神楽をご覧になってください! というわけで、ゆかりちゃん、案内よろしく! 」
「えっ!? 私が!? ……ちょっ、満月センパイッ!! 」
左手でシュタッと敬礼して階段を駆け上がっていく満月に、ゆかりがとても嫌そうな声を出したが、満月は振り返らなかった。
数秒して、がっくりとうなだれていたゆかりは、ギギギ、と、錆びた機械のような動きで丈士の方を振り返ると、眼尻に悔し涙を浮かべながらあごでしゃくって丈士に行く先を指し示す。
「こっち、です」
「お、おう。りょーかい」
丈士はその、仮にもテレビに出演しているような少女が決してしてはいけないような表情を浮かべているゆかりの気迫にたじろぎながら、彼女の案内に従って進んでいった。
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ゆかりが丈士を連れていった関係者席は、神楽殿の中に設けられていた。
神楽殿は二方向からその舞台が良く見えるように作られていたが、残りの二方は建物がつながっており、神楽のための音楽の演奏が行われる場所となっている他、神楽を舞う巫女たちの待機所や、関係者が神楽を見学できる場所になっている。
丈士はゆかりに続いてその見学場所に入ると、おそらくは今日の祭りを手伝うために別の神社などから集められた神職たちの間に交じり、座布団に座っていた治正に無言のまま「お前たちはここだ」と手で指し示された。
そこには、ちょうど2人分の座布団が用意されており、丈士は少し緊張しながら、ゆかりに続いてその座布団の上に正座した。
まともに正座するのはかなり久しぶりではあったが、とても胡坐をかいて座れるような雰囲気ではなかった。
記録用なのか、ニュースで流したりするのか、撮影用のカメラなどが何台も設置されており、それをあつかうカメラマンたちの姿もあるのだ。
丈士が少しソワソワとしながら待っていると、ほどなくして、神楽が始まった。




