4-16:「雨ごい祭り」
4-16:「雨ごい祭り」
高原稲荷神社で執り行われる「雨ごい祭り」までの1週間は、あっという間だった。
丈士は学校に通うかたわら、駅前商店街の出店でバイトをしたり、稲荷神社で祭りの準備を手伝ったりとアルバイトに励み、そして、太夫川の巡回にも出向いた。
これまでの太夫川の巡回では満月も一緒だったが、神楽の練習があるということでこの1週間は同行せず、巡回は丈士と星凪、ゆかりの3人だけで行われることとなった。
当然、3人の雰囲気はあまりよろしくはない。
丈士も星凪も相変わらずゆかりがいきなり斬りかかって来たことを根に持っていたし、ゆかりも幽霊である星凪をそのままにし、その上その霊としての力や感覚を利用することに反対であるようだった。
だが、1度もケンカは起こらなかった。
丈士はその3人の中では最年長として心得ているつもりでいたし、星凪も、自分が何か力を使えば丈士の生命力が消耗してしまうという事情で、自分から何かしようとはしなかった。
ゆかりも、満月からの[脅し]がよく効いているようで、終始不満そうな顔ではあったが、丈士と星凪と協力してはいた。
結局、3人で太夫川周辺の調査を続けても、一時期目撃例が頻発した幽霊の行方をつかむことはできず、「やはり霊は他に移動したのだろう」という結論でまとまることとなった。
そうして、1週間が過ぎ、いよいよ[雨ごい祭り]が始まった。
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「どう? お兄ちゃん! 」
雨ごい祭りの日、稲荷神社に集まった多くの地元の人々やいくらかの観光客に入り混じって神社の境内へと向かっていた丈士を、丈士から突然離れた星凪がそう言って呼び止めたのは、鳥居の前でのことだった。
(何だよ、星凪? )
大勢の人々が集まっている中で声に出すと、[独り言をぶつぶつ言っている変な奴]との印象を周囲から抱かれかねないため、心の中でだけそう言いながら丈士が星凪の方を振り返ると、そこには、巫女装束を身にまとった星凪の姿があった。
ぱっと見で巫女装束と分かるものの、その細部のディテールはかなり怪しい。
というのも、幽霊である星凪はいくらでも好きにその服装を変えることができるのだが、その再現度は星凪自身の記憶に依存しているところが大きいからだ。
星凪が普段着としているセーラー服は星凪がよく知っているものだったから再現度が高いし、丈士の前でなることがあるスク水姿も、丈士の[秘蔵本]を見て勉強したためかやたらと再現度が高かったが、実際に着たことのない巫女装束はうまく再現できなかったようだ。
「ほら、お兄ちゃん! あたしだって、いいでしょう? ねっ、だから、わざわざあの女の神楽なんて、見に行かなくてもいいでしょ!? 」
どうやら、星凪がこんな慣れないことをしているのは、丈士が満月の神楽を見に行くのをどうしても阻止したいからであるようだった。
だが、丈士は、ただでさえ青白い星凪の顔色がいつもよりもさらに悪く、冷や汗が浮かんでいるのを見逃さなかった。
「おい、星凪。お前、かなり無理してるだろ? 」
境内へ向かう階段をぞろぞろと登っていく人波から離れ、声を出しても怪しまれないような場所まで来ると、丈士は星凪を呆れたような目で見ながらそう言った。
「ぅっ……、そ、そんな、ことは……」
「ウソだな」
星凪は丈士の言葉を否定したが、丈士にはお見通しだった。
星凪は幽霊であるために、神社とか、そういった神聖な場所に関わるような姿でいるだけでも苦しいのだ。
「お前、幽霊なんだから、マネでも巫女さんのかっこうなんてするなよ。今、だいぶ気分悪いんだろ? 」
丈士のその言葉で、星凪は観念したようにうなだれると、巫女装束もどきから、いつものセーラー服姿へと戻っていた。
「だって……。お兄ちゃんには、あたしがいればいいんだもん! 」
それから星凪は、そう言って唇を尖らせながら、丈士のことを睨みつける。
「そんなこと、言われてもなぁ」
丈士は肩をすくめてみせると、周囲を見渡した。
ローカルなお祭りだから、有名な祭りに比べれば人出はそれほど多くはなかったが、それでも数百人以上も人々が集まってきているようだった。
境内の前の通りには10数件程度だが屋台なども出ており、店主たちが忙しそうに商いに励んでいる。
見るからに、お祭り。
なんとも楽しそうな雰囲気だ。
そして、そのイベントの最大の目玉が、満月も参加して神楽殿で舞われる神楽なのである。
せっかくのお祭り、その一番の見どころを見逃すことなど、ありえない。
「これだけたくさんの人たちが神楽を目当てに集まってるんだぜ? 見ないっていう手は、ないだろう? 」
「知らないよ! それに、踊りだったら、あたしがいくらでも見せてあげるのに! 」
だが、星凪は納得してくれるつもりはないらしい。
星凪は丈士からそっぽを向いて、不機嫌そうに腕組みをする。
しかし、丈士は満月の神楽舞を見てみたかった。
自分もその準備に関わったイベントだし、満月は丈士にとって恩人でもあり、神楽舞が成功するかどうかをきちんと見届けなければ落ち着かない。
(ま、土産に屋台で何か買ってやれば、機嫌も直すだろ)
そう楽観的に考えた丈士は、星凪をなだめるようにその頭を軽くなでてやり、「土産に好きなモノ買ってやるから、ま、待っててくれよ」と言って、そのまま境内へと向かってしまった。
そんな丈士の姿を、星凪は見送ることしかできない。
星凪は幽霊であり、神社の境内に入ることができないからだ。
そして、今の星凪には、怒りに任せて暴れることさえできなかった。
星凪が何かすれば丈士の生命力を余分に消耗させることとなるが、それは決して星凪の望むところではないのだ。
「お兄ちゃんの、いじわる」
星凪は、自身の胸の内にうずまくどす黒い感情に必死に耐えながら、そう呟いて兄が消えて行った神社の境内を睨みつけるのが精いっぱいだった。




