4-14:「掃除」
4-14:「掃除」
やる前から分かりきっていたことだったが、治正の要求を丈士1人ですべて達成することはかなり大変だった。
床をまず掃き掃除をして荒く汚れを取り、それから雑巾がけしてきれいにするのだが、しばらくまともに掃除がされていなかったために、掃き掃除をしても雑巾はすぐに黒く汚れてしまった。
もし、手落ちや手抜きがあれば、治正はそれを口実に丈士に何をするか分かったものではない。
丈士にはそんなプレッシャーがあり、納得できるだけの掃除をするために、何度もバケツの水を交換するために社務所と本殿を往復しなければならなかった。
そして、丈士に命じられたのは、本殿の掃除だけではないのだ。
丈士が掃除しなければならないもう一つの場所、神楽殿は、本殿並みの広さがあった。
だが、丈士はめげることなく、本殿の床掃除を終えると、神楽殿の床掃除に取り組んだ。
割のいいバイト料を約束されている、ということもあったが、雨ごい祭りでは満月がこの神楽殿で神楽を舞う、と聞いている。
丈士なりに、満月が親切に接してくれていることに感謝している。
だから、その満月が舞う場所である神楽殿の掃除にも、丈士は全力を出したかった。
床をホウキで掃き、バケツの水を何度も交換しながら、隅から隅まで雑巾がけをしていく。
床掃除だけでいいとは言われていたが、埃の目立った欄干も、一通り雑巾がけしてきれいにした。
そのおかげで、時間はかかったものの、本殿の床も神楽殿の床も、すっかりきれいになっていた。
「へへへ、どーだ」
ようやく掃除を終え、雑巾を絞り終わった丈士は、少し薄汚れた格好のままきれいになった神楽殿の床を見渡し、少し誇らしそうに両手を腰に当てていた。
「百桐先輩。そろそろ、休憩にしましょうって、満月先輩が呼んでいますよ」
そんな丈士に声をかけてきたのは、ゆかりだった。
振り返って見ると、そこには、作業着のつもりなのか学校指定のジャージ姿のゆかりが、やや憮然とした表情で立っていた。
「あれ? ゆかりちゃん? どうしてここに? 」
「私もお祭りの準備のお手伝いです。……あと、私は音寺です。年下だからって気やすく名前で呼ばないでくださいって、何度も言っているでしょう? いい加減、覚えてくださいよ」
驚きながら丈士がそうたずねると、ゆかりは不機嫌そうに丈士のことを睨み返す。
やはり、ゆかりは丈士に気を許してはいない様子だった。
「それより、いつまでも掃除が終わらないからって、満月先輩が心配していましたよ? いったい、いつまで掃除してるんですか」
「え? ……あ、悪い、悪い。何か、夢中になっちゃって」
「まったく。いい迷惑です。……おかげで、私まで満月先輩のお手製のお団子、おあずけになっちゃっているんですから」
スマホの時間表示を確認して、自分が思っているよりもずっと長く時間が経っていたことを確認した丈士が気まずそうに右手で後頭部をかくと、ゆかりは両手を腰に当てて、少しお説教でもするような口調で言った。
満月が作った団子。
その言葉を聞いて、丈士の腹がぐぅと鳴った。
今は頑張って働いた後だったし、満月が作ったとあれば、絶対に美味しいに違いない。
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ゆかりの先導で社務所の休憩部屋に戻ると、そこでは、巫女装束の満月がお茶とお団子を用意して待っていてくれた。
定番の熱い煎茶に、串に刺さっていない丸のままの団子が山になって盛りつけられたお皿。
団子はみたらし団子で、たっぷりと葛餡がかかっている。
「お疲れ様です! 丈士さんに、ゆかりちゃんも! さ、どうぞ、たくさん作ったので食べてください! 」
しっかりと働いた後で空腹だった丈士は、テーブルの近くに座布団を敷いて座ると、満月に勧められるままに団子を楊枝で突き刺して口へと運んだ。
主に米粉で作られた団子はしっかりとした弾力があって柔らかく、葛餡は砂糖の甘さと醤油のうまみがしっかりと出ていて、焼き目のついた団子の香ばしさと合わさって、それだけでお腹いっぱいになりたいと思えるほどに美味い。
団子を食べ、煎茶をすすり、それを交互にくり返すだけで幸せな気分だった。
3人はそれぞれが満足するまで団子を食べて、お茶のお代わりをし、辺りにはゆったり、まったりとした時間が流れる。
空腹が満たされた丈士は心地よさそうに壁によりかかっていたが、ふと、自分がアルバイトのためにここに来ているのだということを思い出し、姿勢を正して、ゆかりと楽しそうにおしゃべりをしていた満月に話しかける。
「そうだ。満月さん、お父さんはここにいないみたいだけど、何て? オレにまだ別の仕事があるとか言っていなかった? 」
「いえ。今日のところは、本殿と神楽殿の床掃除だけでいいそうです。なので、今日はもうゆっくり、自由にしてもらって良いと。ただ、できれば明日も、今日と同じ時間に来て欲しいと言っていました」
ちなみに、バイト代は最後にまとめて渡す、ということらしい。
(なんか、都合よく使われてるだけな気もするけど)
丈士は自分になぜかキツク当たる治正の態度を思い出して少し今後に不安を覚えもしたが、すぐに(ま、いいや。満月さんには普段から世話になってるんだし)と思い直していた。
「ふん。ずいぶん、のんきですね? 」
そんな丈士のことを、ゆかりが軽く睨みつけている。
治正と同じように、ゆかりも丈士には冷たい態度だ。
「百桐さん。あなた、自分の生命力で幽霊を1人存在させ続けているっていうこと、忘れていませんか? 」
「いやいや、決して、忘れてなんかいないって」
ゆかりの指摘に、丈士はまじめぶったような顔をする。
「実際、体調に異変も起ったことだし、早く何とかしないとマズイってのは分かってる。……けど、満月さんのおかげでこの通り体調は良くなっているし、まぁ、ゆっくり考えてみようかな、と」
「まさか、ずっと満月先輩にゴハンを作ってもらおうだなんて、考えてないでしょうね? 」
そんな丈士に、ゆかりは不満げな視線を向ける。
「いやいや、そんな、恐れ多い」
「どうだか。……言っておきますけどね、満月先輩が親切にしているのは、先輩がすごく優しい人だからです。あなたに好意があるとか、そんなことは断じてありません! 私が保証します! その点、勘違いしないでくださいね!? 」
丈士はまじめに、真剣に答えているつもりなのだが、ゆかりにはどれも疑わしく思えるらしい。
まるで丈士を威嚇し、牽制しようとするかのような口調だった。




