4-12:「バイト:2」
4-12:「バイト:2」
「う~んっ! 白玉がもっちもちで、美味しいです! 」
丈士がもうすぐ焼けるといった通り、満月とゆかりの注文したたい焼きはすぐに出来上がり、数分もしないうちに満月は美味しそうにたい焼きを頬張っていた。
ゆかりの方も、なおも不満がありげな顔をしてはいたものの、「丈士のおごり」というのには逆らえないらしく、たい焼きを頬張って、幸せと悔しさが入り混じったような表情を浮かべている。
「うまくできてるみたいで、良かったです」
その2人の様子を見て嬉しそうに微笑んだ丈士が、自身の財布からレジにたい焼きの代金をチャリンと放り込みながら言うと、ゆかりが鋭い視線を丈士へと向けた。
「何ですか? おごり、とか言っておいて、自分のたい焼きの出来栄えの実験台にしたってことですか? 」
「ち、ちがう、ちがう。ちゃんと、店長から焼いていいって、許可とってあるから」
どうにも丈士に敵対的な態度を見せることの多いゆかりに少し気圧されながら、丈士は慌てたように体の前で両手を振って見せた。
「コラっ、ゆかりちゃん? そんなことを言っちゃだめですよ。……こ~んなに、美味しいのに! 」
それから、少し怒ったような口調で満月に言われて、ゆかりは「ふん」とそっぽを向くと、三分の一ほど残っていたたい焼きを一気に口の中に押し込んでもぐもぐと頬張る。
満月が丈士の側に立っていることが不満であるようだった。
「ま、まぁ、良かったらまたよってください」
紺色の作務衣を身に着けたたくましい精悍な男性がぬっ、と姿をあらわしたのは、丈士が満月とゆかりにそう言った時だった。
「俺にも何かもらえるか」
あらわれるなりそう言った男性に丈士が何か反応するよりも早く、驚いたような声をあげたのは満月だった。
「おっ、お父さん!? 」
作務衣姿の男性、それは、満月の父親である治正だった。
「えっ!? お、お父さんっ!? 」
満月の言葉で、その男性が満月の父親であることを理解した丈士が驚きながらそう言うと、治正は丈士のことをまるで仇であるかのような形相で睨みつけた。
「ダァレが、お父さんじゃァィッ!!! 」
「わっ、わァァァァっ!? ご、ごめんなさいごめんなさいっ! 」
まるで今すぐ斬り殺すと言わんばかりの気迫に、丈士は思わず平謝りに謝っていた。
どうして治正が丈士に怒っているのか、丈士には理解できなかったが、外見からして腕っぷしで勝てるような気がまったくしない。
「お、お父さん、とりあえず、落ち着いてください! 」
ふー、ふー、と鼻息荒く謝り続ける丈士のことを睨みつけていた治正に、危険を察した満月が抱き着くようにしてそういう。
治正は、酔っていたとはいえ、本気で丈士のことを斬りに行こうとした前科がある。
「ど、どうしたんですかお父さん、急にこんなところまで。[雨ごい祭り]の準備で、忙しいはずじゃないですか」
「むぅ。実は、その件もあって来たのだ」
満月になだめるような笑顔でそう聞かれると、少しだけ冷静さを取り戻した治正はうなずき、それから、頭を下げ続けている丈士と、そんな丈士の身体に怯えたようにひっついている星凪の姿を見つめながら自己紹介する。
「俺の名前は、羽倉 治正。この子、満月の父親で、高原稲荷神社の宮司を務めている」
「えっと……、宮司、さん? ……あっ、えっと、お、オレは、 百桐 丈士です。だ、大学生をやってます! 」
「知っておる。満月から話を聞いたからな」
慌てて自己紹介をする丈士にうなずき返すと、それから、治正は丈士の背後にひっついている星凪の方へと視線を向けた。
「むろん、そこにいる霊のことも知っとる」
「あ、あたしのことも……? 」
その治正の言葉に、星凪は警戒するような視線を向けた。
いきなり、除霊するとか言われるかもと、そう警戒しているようだった。
「そう警戒せずともよい。満月から知恵を貸してくれとは頼まれておるから、いずれ協力はさせてもらうが、無理やりどうこうしようとは考えておらん」
「は、はぁ、ありがとう、ございます? 」
よく分からなかったが、とりあえず治正は丈士と星凪をどうこうしようと考えて姿をあらわしたわけではない様子だった。
「えっと、それじゃぁ、どうして、オレのところに? 」
「最初に言っただろう。俺は客だ。……まぁ、本題は別にあるがな」
恐る恐るたずねる丈士に治正はそう返答し、にやり、と不敵な笑みを浮かべる。
本題は別にある、その言葉で、丈士と星凪はもちろん、ことの成り行きを見守っていた満月とゆかりも、緊張したような表情を浮かべた。
「実はな、梅雨入りを前に、高原稲荷神社では毎年[雨ごい祭り]という祭事を執り行うのだが、いかんせん、人手が足りなくてな。聞けば、君は娘の満月とも知り合いであるようだし、もしよければ、祭りの準備を手伝ってもらえないかと思ってな。つまり、アルバイトの勧誘に来たのだ」
「は、はぁ、バイト、ですか? 」
しかし、治正の言葉に、丈士たちはすぐに緊張が解けて呆けたようになる。
「えっと、仕事をもらえるのは嬉しいんですが、ご覧の通り、オレももうバイトをはじめちゃってまして。そんなに都合をつけられないというか……」
「案ずるな。その程度のことは、こちらも理解しておる。だから、できるだけ、で良い」
自分の予定などもあって、恐る恐る丈士がそう言うと、治正は丈士の予想に反してあっさりとうなずいてくれた。
「それに、バイト代もきちんと出そう。こちらも人手が欲しいのだ」
「はぁ、そういうことなら、いつもお世話になってる神社からの話ですし、考えますけど……。ちなみに、いくらです? 」
丈士が重要なことを確認すると、治正は重々しくうなずき、「このくらいで、どうだ」と、かなり割のいい時給を提示してくれた。
今の出店のアルバイトもそこそこの時給だったが、治正が提示したそれは、かなり良い条件だった。
高原稲荷神社で行われる[雨ごい祭り]の準備期間のみ、という期間限定のアルバイトではあったが、いろいろあってバイトを始める日程が遅れ、金欠気味の丈士にとっては、あまりにも魅力的な話だった。
「やっ、やります! い、いえっ、ぜひ、やらせてください! 」
丈士は、治正がどうしてこれだけの好条件で自分を雇おうとするのか、満月の知り合いだからという理由で丈士にわざわざ声をかけた理由は何か、何も熟慮することなく、二つ返事でバイトを引き受けていた。




