4-2:「時間では解決しない問題」
4-2:「時間では解決しない問題」
タウンコート高原201号室のささやかな食卓に、賑やかな料理が並んでいる。
今日のメニューは、「キャベツが安かったんです! 」ということでロールキャベツと、キャベツと豆腐の味噌汁。そして、漬物少々にゴハン。
すべて満月の手作りだ。
そして、それらの料理が、本来であれば丈士が1人で使っていたはずのテーブルの上に並べられている。
2人分と、少々。
丈士と満月、そして、星凪の分だった。
「さ、召し上がってください! どうぞ、遠慮なく! 」
「いただきます」
「……いただきます」
元気よく丈士と星凪に食事を勧めてくる満月に、丈士は菩薩を拝むように、星凪は感謝と悔しさの入り混じった顔で合掌し、箸を手に取った。
その様子を見た満月も、「いただきまーす」と言って、自分用の箸を手に取る。
最初、満月は丈士の部屋に料理を作りに来るだけだったのだが、「家に帰って1人で食べるのも寂しいので」という理由で、ここ数日は丈士と星凪と一緒に食事をすることが多くなっている。
四六時中一緒、というわけではないので、夕食、あるいは昼食だけではあったが、事情を知らない者が見れば、かなり親しい関係に見えるかもしれない。
食卓に2人分と少々の料理が並べられているのは、丈士と満月の分、そして、星凪が味見として食べる分だ。
最初、丈士の部屋には1人用に十分な食器しかなかったのだが、いつの間にか、3人で使っても足りるだけの食器が用意されている。
おかげで、元々1人暮らしに十分なものしか用意されていなかったキッチンの収納スペースは余裕がなくなってしまった。
満月の料理の味に、丈士はいつも驚かされる。
満月がいつから自炊しているのかと聞くと、小学生のころからという返答が返って来たが、ただ何年も料理をしてきたというだけでは達することのできないレベルだった。
満月が言うには、「好きでいろいろ試しているうちに」ということらしい。
最初はテレビなどでやっている子供向けの料理番組をまねして作っていたのだが、やがて料理本なども理解できるようになり、気づいたら自分なりのアレンジをしても失敗しないようになっていたらしい。
なんにせよ、美味しいものを食べさせてもらえる丈士にとってはありがたい話だった。
最初、満月に対して、「お兄ちゃんを狙うドロボーネコ! 」などと敵愾心むき出しだった星凪だったが、最近では、大人しく満月の料理を口に運ぶようになっている。
その一番大きな理由は、星凪が霊としての力を使うと丈士の生命力を余計に消耗させるだけだ、と理解したことだったが、やはり、星凪としても満月の料理の腕前を認めざるを得なかったのだろう。
誰だって、美味しいものが食べたいのだ。
和やかな食事。
3人は時折おしゃべりなどを交えながら、料理を食べ進めていく。
だが、3人の間では、意図的に避けている問題があった。
それは、丈士と星凪のことだ。
星凪は、丈士の強い願いによって現世にとどまり、幽霊となった。
そして、星凪が幽霊として存在するために、丈士の生命力が糧として使用されている。
今は落ち着いていても、星凪がこのまま存在し続けるのなら、いつか、丈士は死に至る。
それは、時間では解決できない問題だった。
時間が経てば経つほど、丈士の生命力は衰弱し、決断を先送りにし続ければ強制的に時間切れとなる。
丈士も星凪も、なるべく早いうちに決めなければならなかった。
そして、今のところわかっている方法は1つ。
星凪が成仏して消え去るということだ。
だが、丈士も星凪も、そんなことは少しも望んではいない。
他に、何か方法があるかもしれない。
それが、丈士と星凪がもっている希望だったが、しかし、その何かの手がかりは、現状では何もない。
はっきりしている方法は、この、たった1つだけしかなかった。
だから、誰もが、この話題に触れようとはしない。
丈士も星凪も、そんな形で別れなければならないことは受け入れがたかったし、満月としても、その、今のとことはっきりとしているただ1つの取るべき方法を、2人に強制させたくはなかった。
満月が丈士と星凪のために毎日手料理を振る舞っているのも、この、下さなければならない決断を先延ばしにするため。
あくまでこれは、延命措置にしかならないことだった。
満月が作ってくれたロールキャベツは、箸で切れるほど柔らかく、よく味が染みていて、ジューシーで美味しかった。
できるだけ栄養バランスの良い食事を摂ってもらった方が丈士の生命力の消耗が抑えられる、という考えで、中のひき肉には細かく刻んだ野菜などが入っていて、目にも鮮やかな彩であるだけでなく、味にも深みが増している。
噛みしめるたびに、丈士は幸せな気分になる。
だが、同時に、不安と、焦りが、いつも心のどこかにくすぶっている。
星凪は、丈士にとってこの何年か、厄介な存在だった。
いろいろとこじらせて立派なヤンデレと化してしまった星凪は丈士を散々振り回し、丈士としては、大学への入学を機に一度離れて自由になりたいと願ったほどだった。
だが、丈士は、星凪に消えて欲しいと願ったことなど一度もなかった。
星凪は、丈士にとってはたった1人の妹で。
そして、自身が、3年前のあの日、守れなかった、助けられなかった存在なのだ。
そんな星凪を、また、失う。
それも、今度こそ完全に、永遠に、不可逆的に失う。
それは、丈士にとっても、星凪にとっても、耐えがたいことだった。
できれば、何か、別の方法を探りたい。
丈士も星凪も満月も、それぞれにできることをしながら、手探りで探し続けている状況だった。




