4-1:「通い巫女」
4-1:「通い巫女」
丈士が大学生となってから初めて迎えた長期休暇は、結局、どこにも遠出することなく終わった。
丈士と星凪の存在を脅威とみなした幽霊たちに襲われ、丈士が倒れることとなってしまった結果、休みはどこにもいかずに休むべきだということになったからだった。
当然、丈士は予定していた実家への帰省も行うことができなかった。
実家の両親からは、新しい土地でもちゃんとうまくやれているかどうか、確認するために顔だけでも見せに帰って来いと言われていたのだが、その要請には応えられない形となってしまった。
そして、ゴールデンウィーク明けから数日後。
丈士のケイタイが鳴り響いた。
丈士を呼び出したのは、実家の母親。
内容は、ゴールデンウィークに帰省しなかったことについてのお怒りと、夏休みにはちゃんと帰って来いと言う、お願いという形の命令。
そして、意味深な含み笑いだった。
『しっかし、丈士、あんたも、意外とすみにおけないんだねぇ』
電話越しに聞こえてくる、母親の意味深な言葉。
その言葉の意味が分からず、丈士はいぶかしむような顔をする。
「なんだよ、母さん。その言い方。何か、あるのか? 」
「うふふ。我が家の将来は、安泰だっていうことさ。……ゴールデンウィーク、いつ帰って来るかわからないから電話した時、ずいぶんしっかりとしたお嬢さんが電話に出てくれたじゃないか。いやぁねぇ、母さん、腰抜かすところだったわよ」
(しっかりしたお嬢さん……? オレの代わりに、母さんからの電話に……? )
丈士の母親は何か勘違いをしている様子だったが、しかし、丈士には心当たりがなかった。
「丈士さ~ん! そろそろ、できますよ~」
その時、タウンコート高原の201号室のキッチンで夕食を作ってくれていた満月が、楽しそうな声でそう丈士に声をかけてくる。
そして、その声が電話を通して丈士の母親にも届いたらしい。
『うふふ。せいぜい、がんばりなさいな。……あ、でも、あたしまだおばあちゃんになるつもりはないから、自重はしなさいね? 』
その瞬間、丈士にも、母親の意味深な笑いの意味が理解できた。
「ばっ、ばかっ、そ、そんなんじゃねーからっ! 」
慌てて丈士はそうケイタイに向かって叫んでいたが、すでに電話は途切れていた。
────────────────────────────────────────
「丈士さん。誰からの電話だったんですか? 」
丈士が舌打ちをしながら、通話が終了したことを知らせる表示を映しているスマホを睨みつけていると、料理が盛りつけられた皿を持った満月がやってきてそう言った。
ゴールデンウィーク明けの平日の夕方。
満月は、彼女が通っている高校のセーラー服の上からエプロンという姿で、丈士の家に夕食を作りに来てくれていた。
平日だけではない。
休日の間もずっと、満月は丈士の食事の面倒を見てくれていた。
というのは、満月いわく、「きちんとした食事をとれば、丈士さんの生命力の消耗も抑えられるだろうから」ということだった。
丈士には、3年前に亡くなり、今は幽霊となった妹、星凪がいる。
そして、星凪は、他の多くの幽霊とは異なった特殊な存在で、自分自身の未練ではなく、丈士の未練によって、幽霊として現世にとどまっている。
星凪が幽霊として存在し続けるのに必要なその糧は、丈士の生命力。
そして、このまま星凪が存在し続ければ、丈士の生命力はいつか足りなくなって、丈士は死に至ってしまう。
まだ、それがいつなのかは分からなかったが、丈士と星凪の今の関係は、必ず終わりを迎えるものだった。
だが、丈士にとっても、星凪にとっても、それは受け入れがたいものだった。
決断を下さなければならなかったが、どんな決断を下せばいいのかもわからなかったし、どんな選択肢が残されているのか、見当もつかない。
その現実を2人に突きつけたのは満月だったが、満月はただ、2人に決断を迫るようなことはしなかった。
現世に強い未練を残している幽霊を、その未練を解消しないままに除霊する。
そのことを決して「望ましいことではない」と言っていた満月は、丈士と星凪についても、決断を強いるよりもまず、2人がより納得できる選択をできるようにしたいと考えているようだった。
だから満月は、丈士に毎日、美味しい手料理を食べさせようと、甲斐甲斐しく丈士の部屋に通ってきている。
平日は、今日のようにセーラー服姿で。
休日は、満月いわく「神社の巫女の制服です」という巫女装束で。
丈士としては、嬉しく、恥ずかしい限りだった。
「あ~、えっと、実家の母さんからだった」
丈士は、嬉しさと恥ずかしさ、そして実家の両親が何か盛大に勘違いしていることに悩ましいというような、複雑な表情を浮かべながら満月の質問に答える。
「へぇ、丈士さんのお母様と。お元気そうでしたか? 」
「あ、ああ。そりゃもう、元気そうだった」
「次の休み、実家に帰るのが楽しみになったんじゃないですか? 」
「い、いや……。話したら、正直、あんまり帰りたくなくなったな、うん」
ニコニコと笑みを浮かべながらテーブルの上に食事を並べる満月に、丈士は困ったような顔でそう言った。
すると、満月は「? 」と、不思議そうな顔を丈士に向ける。
「ケンカでもしたんですか? 」
「いや、そういうわけじゃ。……ただなぁ、何か、めちゃくちゃな勘違いをされているというか、このまま帰ると困ったことになりそうというか」
丈士は、おそらく丈士が寝込んでいる間に実家からかかってきた電話に、丈士の看病をしてくれていた満月が出たことから広まった誤解があるだろうということを間接的に伝えたかったのだが、当然、こんな言い方で伝わるはずもない。
満月はきょとんとした顔で首をかしげているだけだったが、すぐにあまり深く突っ込まないことにしたらしく、にっこりと笑顔を浮かべる。
「ゴハン、持ってきますね! 」




