3-15:「向き合わなければならないモノ 」
3-15:「向き合わなければならないモノ 」
丈士は、すぐに回復した。
星凪が力を使った時間が短かったから、影響も小さくて済んだようだった。
だが、丈士の身体には、すぐには力が入るようにならなかった。
丈士は呼吸を落ち着けた満月に手伝ってもらって、再びベッドに仰向けに寝かせられた。
丈士も星凪も、無言のままだった。
2人とも、突然目の前に突きつけられた現実、向き合わなければならないものを前にして、ショックで、呆然としていた。
「大丈夫です。これで、すぐに丈士さんに今以上の何かが起こる、ということはないはずです。身体に力が入らないというのも、休んでいればすぐに治るはずです」
星凪に首を絞められた後であるにも関わらず、満月は、そう言って2人を励ますように明るい笑みを見せた。
だが、その首筋には、星凪の手の跡がはっきりと残っている。
その痛々しい姿に、丈士も星凪も罪悪感を覚え、満月の顔を直視することができなかった。
「丈士さんの生命力は、すぐになくなるものではありません」
そんな丈士と星凪に、満月は落ち着いた笑みを浮かべながら言う。
「なにしろ、丈士さんもお若いですから。無理をしなければ、少しずつ回復して、当面の間は普段通りに暮らせるようになるはずです。とにかく、今はしっかりと休むことが大切です」
(満月さんは、どうして、こんな風に笑っていられるんだろう? )
満月の表情をちらりと見て、すぐに視線をそらした丈士は、危険な目に遭ってまで丈士と星凪に親切に接してくれる満月の考えが読めず、申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいになった。
「そうだ! とりあえず、何かおつくりしますね! 3日間も寝込んでいたんですから丈士さんには何か食べてもらわないと! きちんと栄養をとれば、回復も早いはずです! 」
満月はぱしんと両手を叩くと、丈士に「待っていてくださいね! おかゆ、作りますから! 」と言い、すぐにキッチンへ向かって行った。
後には、身動きが取れず、ベッドに仰向けになったままの丈士と、そのそばで膝を抱えてうずくまっている星凪だけが残された。
2人はずっと、無言のまま、満月が丈士のためにおかゆを作って持ってきてくれるまで、一言も話すことができなかった。
2人のどちらにも、そんな精神的な余裕はどこにもなかった。
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満月は、丈士が寝込んでいたこの3日間の間、ほとんど泊まり込みで丈士の看病をしてくれていたということだった。
満月が家に帰ったのは、着替えや、必要なものを取りに戻った時だけ。
丈士と星凪を敵と思い込んで襲ってきた3人の幽霊は除霊したものの、念のためまた何かが起こっても対処できるように霊と戦うための道具まで用意して、丈士と星凪のことを守り、世話をしてくれた。
丈士には、満月がどうしてここまでしてくれたのか、最初、見当もつかなかった。
丈士と満月が出会ってからさほど時間が経っているわけではないし、お互いのことはまだほとんど知らないと言っていい。
丈士も年頃の男性だったから、少しうわついてしまうような想像もしたが、どうやら満月の行動は丈士への[好意]から、というわけではなさそうだった。
満月は、優しいのだ。
それも、並大抵の[優しさ]ではなかった
満月は、ただ、丈士と星凪のことを、放っておくことができないから、ここまでしてくれているようだった。
星凪に本気で絞められた首に痣のような跡を残したままなのに、満月は丈士と星凪の前では笑顔を絶やさなかった。
丈士と星凪に、[このまま星凪が存在し続ければ、丈士は死ぬ]というキツイ現実を突きつけたのは満月だったが、満月がそうしたのは、それが言わなければならないことだったからだ。
何も知らないままであれば丈士も星凪もしばらくの間は今まで通りに楽しく過ごすことができただろうが、結局は悲痛な結末を迎えることになる。
満月は真実を伝え、そして、2人にその現実と向き合う機会を、限られた時間の中で精一杯のことをできるようにしてくれたのだ。
そして、満月は丈士と星凪を励まし、その現実に向き合えるように助けようとしてくれている。
満月が笑顔を絶やさなかったのは、丈士と星凪だけでは暗く沈みそうになる雰囲気を少しでも明るくし、2人が絶望以外の感情を見出せるようにしようとしているからであるらしかった。
満月が言っていた通り、丈士の身体は、すぐに動けるようになっていた。
満月がおかゆを作って持ってきてくれるころには、丈士はまた起き上がれるようになり、満月が作ってくれた料理をすべて平らげることができるほどだった。
満月の強さを持った優しさが理解できた丈士は、満月の前では自分もできるだけ笑顔でいるように努力した。
自分が、星凪を幽霊としてこの世界に存在させている。
丈士自身の生きる力を燃料として、星凪は存在している。
そして、このままでは、丈士は死ぬ。
その現実は丈士にとって強いショックで、すぐには受け入れられないものだったが、それでも、自分たちのことを心配し、助けようとしてくれている満月の気持ちに、丈士は応えたいと思った。
そんな丈士の様子を見て、満月も少しだけ安心してくれた様子だった。
「それでは、わたしも一度、家に帰りますね。……また明日、様子を見に来ますから! 」
そう言って部屋を出ていった満月の後ろ姿は、少しだけふらついているように見えた。
3日間もの間、実質的に1人で丈士の看病をしてくれていたのだ。
まともに熟睡などできてはいなかっただろうし、明るく気丈に振る舞ってはいても、かなり疲労も溜まっていたのだろう。
「なぁ、星凪。……オレってさ、かなり、幸運だと思うんだよ」
満月が帰って行った後、丈士はうずくまったままの星凪の隣に座ると、そう話しかけていた。
まだ、唐突に突きつけられた現実と向き合う覚悟はできてはいなかったが、それでも、兄として、1人の人間として、星凪に今の自分の正直な気持ちを話しておきたいと思ったからだ。
「星凪。お前が死んじまって、もう会えないって思った時は、本当に辛かったんだ。だけど、お前はオレの前に戻ってきてくれた。……正直、強引に迫ってきたり、オレに近づこうとする相手を排除しようとしたり、お前のヤンデレは勘弁して欲しいけど。……でも、お前がいてくれて、ずっと、楽しかったんだぜ? 」
星凪はうつむいたまま、顔をあげなかった。
だが、丈士には、星凪が自分の言葉が届いているだろうということが分かっていた。
「しかも、今は満月さんみたいな、強くて、優しくて、しかも霊に詳しい専門家にも助けてもらえる。……これって、すごい幸運、だろ? 」
丈士はそう明るく言うと、自身の右手で、星凪の頭をなでるようにする。
手から伝わってくるのは、冷たい、空気の塊を触っているような手ごたえのない感触。
だが、そこには確かに、星凪がいるのだ。
「だから、きっと、何かいい方法が見つかるはずさ。……オレたち、兄妹で楽しくやって行けるような、そんな方法がさ」
丈士は星凪の頭のあたりに手を置いたまま、今、一番伝えたいことを言う。
「だから、もう、泣くなよ。……星凪」
「……うん。お兄ちゃん」
丈士の言葉に、星凪は、小さくうなずいた。
※今後の投稿予定につきまして
お疲れ様です。熊吉です。
本作ですが、物語の最初の転機となる第三章が、本話で終話となります。
今後の投稿予定ですが、7月30日、31日と、2日間のお休みをいただきまして、キリよく8月1日からの投稿再開とさせていただきたく思います。
一応、投稿ペースを維持できる程度にはストックを作れているのですが、その見直しをして質を向上させたり、ストーリーの軌道修正(当初プロットからズレた分の修正)を行ったりしたいと考えております。
今後も、本作と熊吉をよろしくお願い申し上げます。




